温もりの距離 vol.2

5005年 ナサギエルの月3日

 アドビスの一件から一年、俺達は再び旅をしていた。
 別にアイツの家にいるのが嫌と言うわけじゃない。しかし長い間旅を続けていると、それが身体に染み付いてしまうのだ。
 何て言うか……じっとしているのが落ち着かない、多分そんな所だろう。
 学者肌だと自負していた俺だが、どうやらアイツに感化されたらしい。
 アイツ……そう、イリアに。
「もう……さっきから何ニヤニヤしてるのよ、シオン」
 我に帰った瞬間、目の前に飛び込んできたイリアの顔を見て思わず後ずさりしてしまった。
「な……お…お前こそいきなり俺様の目の前に現れるんじゃねぇ!!」
 顔中が真っ赤になっているのを隠すように罵声を浴びせる。
 情けない話だが、未だにどうも女というヤツには慣れない。というよりむしろ、昔以上に恥ずかしさを感じるのだ。
 この一年間、イリアと一つ屋根の下で暮らしていてその事を思い知らされた。
 離れていた間は何ともなかったのに……如何せんアイツの目の前に出ると妙な気恥ずかしさを感じずにいられないのだ。
 それも"嫌い"という感情と全く異質な物だからタチが悪い。いや、むしろ"好き"という感情に他ならないのだ。
 だけど、長い間本しか友達がいなかった俺にとって女に対する免疫はゼロに等しかった。
 そしてどうやら、厄介な事にイリアのヤツもその事に気付いたらしいのだ。最近やたらとその事を手玉にとってはからかわれる事が多くなった。
 まあ、それを嫌だと言えない俺も俺だが。
「あっ、真っ赤になった!もしかして照れてるのかな?シ・オ・ン♪」
 イリアは小悪魔のような笑みを浮かべると人差し指でちょこんと俺の鼻をつついてみせた。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!うるさいうるさいうるさーーーい!!!それよりお前今どこにいるか解ってんだろうな?また迷子だなんてごめんだぞ!!」
 苦し紛れにそう言うと、イリアは口先を突き出して「う〜〜」なんて鼻の詰まったような声を出してみせた。
「また話を逸らして……それに私だっていつまでも子供じゃないんだから。そうそう迷子になんてならないよ!」
「へぇ〜〜だったらこの間ティルスの森で迷子になったの誰だよ?地図の北と南を見間違えて」
「あ、あれは文字が擦れてて……って、シオンだって気付かなかったじゃない!!」
「ハッ、俺様はお前を信じて何も言わなかったんだ」
 右手に持った古びた杖を突き出し、もはやお決まりになったポーズをとる。
 そんな自己陶酔に浸っている俺とは対照的に、イリアのヤツは肩を竦めて溜息なんかついている。
「はぁ……シオンってば何でいつもこうかな――って、あれ!!」
 イリアが指差した方向に顔だけを向ける。
 整備された道の先に見えるのは紛れも無く町並みだった。
「おおっ、お前にしては珍しい……」
「珍しいじゃないよ!!いつまでも私の事馬鹿にして……もう知らないんだから!!」
 ひょうたんのように頬を膨らませたイリアは吐き捨てるようにそう言い放つと、スタスタと一人で歩き出した。
 一方の俺はというと……少しからかい過ぎたかと反省しながらも、次の瞬間には開き直ってイリアの後を追って行った。

 俺達が辿り着いたのはウィスケルという比較的大きな街だった。
 それなりの歴史があるのだろうか、見まわす限りアンティークな建物がずらりと並んでいる。
「わぁ……素敵な街だね♪」
 開口一番、イリアは顔中に満面の笑みを浮かべながら感嘆の言葉を漏らした。
 その目があまりにキラキラと輝いているもんだから、見ている俺でさえ思わず微笑んでしまう。
「ここだけ時間を切り取ったみたいだな。何か懐かしい感じがする」
 素直な感想を口にすると、イリアは意外そうな顔をして「へぇ」と呟いた。
「何だよ、それ?」
 少しだけ声を低めて怪訝そうに聞き返す。
 イリアはいかにも嬉しそうに顔を綻ばせると、両手を背中のほうに回して、少しだけ体を屈めてみせた。
「ふふっ、だってシオンの口からそんな台詞が出るなんて思いもしなかったから」
「ばっ……何言ってやがんだ!!」
 殆ど擦れた声を何とかして絞り出しながらイリアから視線を外す。心臓がバクバク鳴って、それ以上アイツの顔を正視できなかったのだ。
「あれ〜〜もしかしてシオンってば照れてる?」
「んなワケあるか!!それより、宿探すぞ、ヤ・ド!!」
 強引に話を逸らすと、俺はイリアの顔を見ずに街の中へと入っていった。

to be continued...

n o t e
 プロローグと打って変わって明るい話ですね。
私らしくないといえば私らしくない書き方ですが、とある作家の影響を受けた為です。
これからどうなるか解りませんが(この時点でエンディングしか考えていないのですが)宜しければ最後までお付き合いください。

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