ressurection vol.14

 次の一週間はあっという間に過ぎていった。そして今日、ついに王位継承の儀が執り行われる。アドビスの未来はこの日を境に変わると言ってもいい。それだけ大きな意味を持っている儀式なのだ。
 パレード開始の六時間前。俺達はお馴染みとなった会議室へとやって来ていた。ここで最後の調整をすることになっていた。しかし、いつになっても責任者が姿を現そうとしない。何かあったのかと、周囲がざわめきだしたその時だった。
「おかしいですね……シェーナがまだ来ないなんて」
 呟くようにミトが言う。それに呼応するように、誰もがお喋りをやめて、一気に静寂が訪れた。待っていたと言わんばかりに、今度はニールが口を開く。
「大分時間もおしています。そろそろ始めませんか?」
 ミトの方には抗いたい気持ちがあったのだろう。少しだけ俯いて、どうしようか考えているようだった。だが、彼が言っていることにも一理あると、そう結論づけたらしい。すっきりしない顔をあげると、「そうですね」と呟いてみせた。
「それでは、シェーナもいないことですし、私が音頭を執らせて貰いましょうか」
「ええ、お願いします」
 ミトの言葉と重なってドアが開け放たれる。そこに姿を現したのはシェーナだった。ミトの奴も、一瞬ほど嬉しそうな顔を見せたものの、すぐさま異変に気づいたようだった。
「な……シェーナ、その腕はどうしたのです!?」
 そう、シェーナの腕は真っ赤に染まっていたのだ。刀で斬りつけられたのだろうか。殆ど血は止まっていたようだったが、肘から手首に向かってパックリと傷口が開いている。それにも増して異様だったのは、その様な手傷を負いながらも何食わぬ顔をしているシェーナ自身だった。彼女の顔から表情の類を感じ取ることは出来ない。ただ、その瞳はいつになく鋭さを増し、殺気のようなものすら感じられたほどだった。そして無事な方の手には、何やら書類の束のようなものを握りしめている。
「私ならば大丈夫です。ご心配には及びません」
「でも……」
「それよりも、お話ししたいことがあります」
 そこにニールが割って入る。普段よりも低く野太い声で「ちょっと待ってくれ」と言った彼は、立ち上がって、シェーナをじっと睨み付けていた。
「何かしら」
「君が遅れてきたせいで時間がおしているんだ。余計な話は慎むべきだ」
「大丈夫の一言もないの?」
「さっき自分で大丈夫だと言っただろう」
「そうね。だけど、私の話が『余計』かどうかを判断するのは貴方じゃないわ」
「だがーー」
 そうしてミトの元へと視線を戻す。ニールのことなど眼中にないといった風に。
「儀式に関わる情報が流出してしまいました。恐らく、警備プランやパレード経路などに関わる情報の一切が」
 一同が騒然とする。眉間に皺を寄せたミトは、一層厳しい表情をして、シェーナを睨み付けていた。
「どういうことです?」
「この中に裏切り者がいます」
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
 立ち上がったままのニールが声を荒げる。それから机をバンと叩いて、苛立ちを露わにしているようだった。
「顔色が悪いわよ。一体どうしたというの?」
「どうしただと? 決まってるだろう。君がそんな無責任な事を言い出すからだ。そんな茶番に付き合ってる時間など無いと、君がよく知ってるはずだろ」
「あなた……私の顔を見た瞬間、狐につままれたような顔をしたわね」
「何を言ってる」
「ここに来るはずがないと、そう思っていたんでしょ? 来れるはずがないと。だって、私を殺すよう仕組んだのは貴方だものね」
「ふざけたことを……」
「だから予め護衛をつけていた。この程度の手傷ですんだのは幸いと言うべきかしらね。ニール……貴方は金と引き替えに私達を売った。違う?」
 突然の告発に唖然としてしまったようだ。ミトはシェーナとニールを交互に見つめ返してから、ぼそりと彼の名を呟いていた。当のニールは、敵意剥き出しの瞳でシェーナを睨み付けたままだ。
「証拠もなしにそんな無責任な事を言うんじゃない!」
「証拠ならあるわよ!!」
 そう叫んで書類の束の一つを投げつけるシェーナ。まるで紙吹雪のように、無数の紙が宙を舞い踊っていた。その一枚がニールの手元に舞い落ちてくる。それに一瞥をくれた彼は、再びシェーナを睨み付けると、先程より大きな声で「でっちあげだ!」と叫んでみせた。
 だがシェーナは口を開こうとしない。無言のままニールを睨み付けたままだ。それに気圧されたか、少しずつニールの顔に焦りが見え始める。
「そうじゃない! 違うんです、これは、これは彼女が仕組んだことだ! あ……その、こんな事は言いたくないですが、僕と彼女は、だから、そういう関係だったんですよ。だけれど、一方的に僕が振った。だから、だから彼女はその復讐にとこんな事を……でっち上げだ! こんなの……でっち上げに決まってる! 僕を貶めようとしてるだけだ!!」
 その様子を見つめながら、口元にフッと笑みを浮かべるシェーナ。だが、その瞳は決して笑ってはいない。それから凛とした声で「入りなさい」と叫ぶと、兵士達に脇を固められた一人の男が入ってきた。
「も……申し訳ありません、ニール様」
 恭しく頭を垂れる男を尻目に、ニールの奴がチッと舌打ちをする。
「彼のこと、知らないとは言わせないわよ」
「いいや、知らないね。そんな男の事!」
「彼は貴方の指示を受けて動いていた、いわば実働部隊の一員というわけ。そうね?」
「知らんっ! もしもその男が関わっていたのだとすれば、それはそいつが勝手にやったことだ! 俺には何の関係もない!」
「な……なんと言うことを仰るのですか!? 私はただ貴方に従っただけだ! 仕方がなかった。逆らえなかったんだ。私には四人も子供がいて、家族を食わせていく為には金が必要だった。だから……」
「哀れだわね。貴方の築き上げてきたものは、こうやって音を立てて崩れ去っていく。ふふっ、まさか、私が何の目的もなく貴方に近づいたなんて思っちゃいないわよね?」
「黙れっ!!」
 そう叫ぶや否や、ニールは帯剣を引き抜いていた。それを大きく振りかぶって、男とシェーナがいる方へと駆けだしていく。
「ニール!!」
 ミトの叫び声が響き渡った瞬間だった。シェーナの傍にいたホレースが剣を引き抜くと、彼はそれを片手で振り上げ、ニールめがけて勢いよく振り下ろしていた。予想外の相手に焦ったニールは、剣を横に構えて攻撃を受け止めようとする。しかし、彼の力が及ぶ相手ではなかった。
 剣と剣が触れあった瞬間、ギンッと重たい音が鳴り響いて、ニールの身体は思い切り弾き飛ばされていた。
「ふんっ……堕ちる所まで堕ちたな、ニール」
 吐き捨てるようにホレースが言う。それから剣を鞘にしまうと、やれやれといった風に、ドスンと椅子に座り込んだ。一方のニールは、壁に打ち付けた背中が痛んだか、床にうずくまったまま動けないでいた。それをあっという間に兵士達が取り囲んでいく。
「地下牢にでも入れとけ」
 誇らしげにホレースが続ける。長年の敵を我が手で葬り去れたのだ。これ以上気持ちの良いことはないだろう。その一部始終をじっと見つめていたシェーナは、一段落ついた頃を見計らって、徐に口を開いた。
「進言します」
「ええ」
「本日のパレードは中止すべきです」
「シェーナ」
「危険すぎます!」
「もう決めたのよ。後戻りは出来ないわ」
「……どうしても、聞き入れては下さらないのですね?」
「ええ」
「それでは、これをお納め下さい。予備プランです」
 彼女がテーブルの上に置いたのは、びっしりと文字で埋まった紙の束だった。なるほど、だから後生大事に持っていたというわけか。今更ながら納得しながら、ミトの方へと視線を移してみる。
 ミトはシェーナの書いた計画書にじっと目をこらしていた。一文字も見逃すまいと、食い入るように見つめていた。
「お前一人で書いたのか?」
 やけに改まったように言うのはホレースだ。先程ニールに投げつけた言葉とは明らかに違う、一言一言を噛みしめるような言葉だった。
「そうよ。どう思う?」
「よう出来とる……ああ、素晴らしい出来だ。これなら前のものと引けを取らんぞ」
「近衛騎士団の成員は一切を排除している。メインの警備はあなた方王国騎士団に、近衛騎士団の穴は傭兵で埋めさせるわ。やってくれる?」
「もちろんだ。任せてくれ。そうと決まったら、早う準備をせんとならんぞ」
「そうね。取り敢えずは散会しましょう。それぞれが準備をして、五時間後にもう一度ここに集合しましょう。良いわね?」

 皆が部屋を去っていく中、俺とミトはずっと椅子に座ったままでいた。ちらっと視線を横に流すと、その意図を悟ったか、イリアは「先に行ってるね」と言って足早に部屋を去っていった。そして皆が立ち去っていって、だだっ広い会議室の中には俺達二人以外誰もいなくなっていた。
「どうしてもやるのか」
 乾いた唇を開いて沈黙を破る。
「ええ」
 ミトはじっと俺を見つめたまま、目瞬きすらしようとはしない。
「危険だ」
「解っています」
「どうして……」
「前にも言ったはずです。この世界に安全な場所などありはしないと」
「それでも、少しはリスクを減らすことが出来る」
 ミトの口元に笑みが浮かぶ。儚げで自嘲的な笑みだ。もう何度見ただろう。だが、何度見ても慣れることはない。その度に俺の胸はギュッと締め付けられて、何とも言えず悲しい気持ちになるのだ。
「その様なことをして何になるというのです? 僅かばかり我が身を長らえさせることで大局を見失ってしまうなど愚かなことです」
「お前は……女王だもんな」
「それを誰よりお兄様に認めて貰いたい」
「認めているよ。お前は立派な女王だ。誇りに思う。この言葉に偽りはない」
 彼女は俺の瞳をじっと見つめて、「ありがとう」と、そう言ったんだ。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。この上なく幸せそうな顔をしていた。今の俺達に、それ以上の言葉は必要なかった。


「それでは、行きましょうか」
 ミトの合図と共に楽隊の演奏が始まる。そして彼女を乗せた馬車はゆっくりと動き始めた。その周りには王国騎士団の兵士達が、前後にはクレリックの僧兵達が列をなしている。その誰もが真っ白な法衣を身に纏い、ある種厳かな雰囲気を醸し出していた。こう言えば聞こえは良いが、その実、彼らはミトを護る楯に他ならない。そして俺もまた、その役目を進んで買って出た一人だった。
「無理だけはするんじゃないぞ」
 振り返りはしなかった。頬を撫でる風はその身に言の葉を乗せ、後ろを歩くあいつが「うん」とだけ答える。連れて来るべきではなかった。出来ることならば、どこかに閉じこめておきたかった。だが、彼女がそれを承伏する筈がなかったのだ。その瞳に宿った強い意志にも、俺は逆らうことが出来なかった。
 何事もなければいい。祈るようにそう思っていた。今日さえ乗り切ることが出来たなら、この国は何とかなるだろう。きっと大丈夫なはずだ。だが、それが如何に難しい事であるかも俺は知っている。だから、この胸に渦巻く不安を消せはしなかった。そう、胸の底に渦巻くどす黒い不安を。それは歩みを進めていくごとにむくむくと大きくなって、この俺を内に取り込んでいく。楽隊の陽気な音楽とは裏腹に、それは少しずつ俺を呑み込んでいく。その正体を探るように、パレードの観客達の中に視線を落としていた。
 そこにいたのは、人種も年齢も関係ない、女王の即位を心から喜んでいる者達だったのだ。どの顔にも笑みが浮かんで、もげそうになる程に大きく手を振っていた。まるでスローモーションをかけたように、周囲の景色がゆっくりと流れていく。多くの笑顔が、視界の内に入っては消えていく。そして彼の姿を捉えた瞬間、俺は思わず息を呑んでしまった。
「あ……」
 背中にイリアの身体がぶつかってくる。
 彼女が間の抜けた声を漏らして、列の後ろからはやじるような声が続けざまに飛び込んできていた。
「行くぞ!!」
「え……あ、うんっ!」
 そうする事に何の戸惑いをも抱きはしなかった。勢いよく列を飛び出した俺達は、滑り込むようにして観客の中へと入っていく。予想はしていたことだが、あまりの人の多さに、なかなか先に進むことが出来ない。それどころか、俺達の様子を不審に思った兵士まで駆けつけてくる始末だ。
「ちょっと待ちなさい」
 あっという間に4、5人の兵士達に取り囲まれてしまう。何とか奴を見失うまいとするが、視界を遮られてしまって、それすら叶いはしなかった。
「離せっ!! 早く追いかけないと!!」
「こらっ、暴れるんじゃない!」
「俺の顔が解らないのか!!」
「何を言ってる! さっさと来るんだ!」
 兵士の一人がぐいと腕を掴んでくる。せめてもの抵抗にと腕を振り回してみるが、がっちりと掴んだ大きな手の前で、それは無駄な抵抗に過ぎなかったようだ。
「お……おい……」
「何だよ?」
「そ、そのお方は、この前女王の傍にいた……」
「何だと!?」
 反射的に手を離して、俺とイリアの顔を交互に見返す兵士。その顔には驚きと恐怖の入り交じったような表情が浮かび上がっている。俺にどうにかされるのではないかと思ったのだろう。そんなことをしている暇はどこにもないが、あったなら厳罰を食らわしてやりたい所だ。
「も、申し訳ございませんでしたっ!! その、自分は、あの……」
「そんなことはどうでもいい! それより、女王の警備を固めろ! 今すぐにだ!!」
「はっ!!」
「イリア、行くぞっ!!」
 応えを待たずに走り出していた。しかし、奴の姿はどこにも見あたらない。さっきの足止めですっかり見失ってしまったらしかった。
「くそっ……どこへ行った!?」
「シオン、あっち! あの家に入っていくのを見たんだ!!」
「でかしたぞ! よし、行こう!!」
 人混みの合間を縫いながら、彼女の指さした家へと走っていった。しかし、正面玄関には鍵がかかっているらしい。引っ張っても捻っても、ドアは一向に開こうともしない。
 まさかここで手荒な真似をするわけにもいかないから、俺達は仕方なしに裏口へと向かっていった。
「駄目。やっぱりこっちも鍵がかかってるよ!」
「よし、それじゃ離れてろ。いいな? ……ソエル・イス・ウィルド!!」
 掌に青い光が浮かび上がって、次の瞬間、ドアノブがあった所には大きな穴が開いていた。今度は押しただけで扉が開いていく。頷きあった俺達は、それを合図に家の中へと駆け込んでいった。
「あれ……誰もいない!? でも確かに見たんだ、私!」
 動揺を隠せない彼女を尻目に、あちらこちらに目を凝らしていく。天井、ドア、窓、炊事場、不審な点は何一つありはしない。だが床に視線を落とした瞬間、テーブルの脚の前後についた傷跡を決して見逃しはしなかった。
 俺は無言のまま机に触れると、その手に少しずつ力を込めていった。
 ゴゴォ、と音をたてながら動いていくテーブル。その下に階段が姿を現す。
「さっすが……」
 イリアの奴は感嘆のあまり言葉もないようだ。そうだろうそうだろう。誇らしげに喉の奥で笑ってやると「行くぞ!」と言って階段を駆け下りていった。

 どうやら地下はカタコンベになっていたらしい。話には聞いていたが、まさか本当にあるとは思わなかった。もっとも、墓地としての機能は随分前に失われてしまったようだが。
「ねえ、シオン」
「解ってる」
 彼女の言葉を遮って、暗闇の先に目を凝らしてみる。そこから聞こえてくるのは、何者かが足を引きずるような音と、獣が呻いたような声。それはカタコンベ中に響き渡って、その不気味さに一層の彩りを加えていた。
「気をつけるんだぞ。絶対に俺よりも前に出るな。いいな」
 彼女はゆっくりと頷いていた。その大きな瞳が一瞬程暗闇の中に呑み込まれていく。それを逃さぬように頬に触れると、俺の方へと顔をあげさせた。
「大丈夫だ。心配しなくて良い」
 もう一度だけ頷きあって、俺達はカタコンベの奥へと駆けだしていった。普通ならば追いつけはしないだろう。だが奴ならば、もしくは、そういう期待を胸に抱いて。

to be continued...


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