片翼の天使達

 暗闇の中に褐色の肌が浮かび上がっている。それは蒼白の月光に照らされ、鈍くも艶やかな光をその身に纏っていた。無駄な脂肪ひとつついてはいない。それでも、ふっくらと柔らかそうな質感には思わず息を呑んでしまう。久しぶりに見た彼女の躰は、少女のような瑞々しさと、成熟した大人の色香を、その内で一にしていたのだ。
「大丈夫」
 抱きしめた背中を優しく撫でてやる。掌で緩やかな弧を描き、指の先をくすぐるように動かしながら。爪の先が肌に触れるたび、その身体は堪えきれないと言わんばかりにビクンと震えた。
「私は……大丈夫だ」
 とても穏やかな声だったと思う。俺自身ハッとしてしまうような透き通った声で、首筋から背中に向かって、心地よい倦怠感がパァッと広がっていく。一度だけゆっくりと目瞬きをして、それから、彼女を抱きしめる手をそっと離した。慈しむように頬と頬をすりあいながら、言葉を交わすことなく、上体を後ろへと傾けていく。二人の視線が交差して、彼女は恥ずかしそうに唇を噛むと、そのままベッドの方へと視線を落とした。
 彼女の両耳にそっと手を触れる。ゆっくりと顔を近づけていって、生々しく残る涙の跡をペロッと舐めてやった。
「ん……んぁ…………」
 ぷっくりとした唇から漏れるくぐもった声。真っ白な八重歯が紅の唇に食い込んで、彼女は必死になって声を抑えているようだった。そんな彼女が可愛くて仕方なくて、俺自身も、魂が震えるほどに昂ぶっていくのを全身で感じていた。
「ジェンド」
 最愛の人の名を口にしながら、長く尖った耳に舌を這わせていく。まずは輪郭をなぞるように。それから内側を丹念に舐め回していく。
「あ……ぅ……」
「ふふっ、可愛いね」
「バッ……耳元で囁くなって! あっ……」
「大好きだよ、ジェンド」
 自分でも恥ずかしいくらいに甘ったるい囁き声だった。少し抑え気味の、低く擦れた声。急に身体中が熱くなって、俺は逃れるように彼女の首筋へと顔を埋めていった。
 柔らかな喉元に唇を押さえつける。キスと呼ぶにはあまりにおざなりな、どちらかと言えば愛撫に近いような口付け。それを何度か繰り返して、それから、舌の先で猫みたいにペロペロと舐め回してやった。
 舌の動きにあわせて微かな水音が響き渡る。絡まりついてくるような唾の音。耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな音であった筈だ。それでも、研ぎ澄まされた耳には、それが何十倍にも何百倍にも大きく聞こえて。恥ずかしくて仕方ないのに、その音をもっともっと聞いていたかった。もっともっとドキドキしたかった。だから、気がついたら貪るように彼女の肌を求めていた。
 首筋から鎖骨にかけて舌を這わせながら、左手で身体の輪郭をなぞっていく。ゆっくりと、そこにいる彼女を確かめるように。指先の感触で、滑らかな肌に刻まれた傷跡が手に取るように解った。彼女はまだ気にしているのだろうか。ふとそのような疑問が頭をよぎって、その答えを求めるように、ゆっくりと顔を上げてみる。
 彼女は斜めに顔を傾けて、その瞳は暗闇の先にある何かを呆然と捉えていた。
 どうしてそんな顔をする? 答えは解っていたけれど、そう訊きたくてたまらなかった。
 きっと彼女は「何でもない」と答えるのだろう。強い女だから、何でも自分の中に抑え込もうとする。俺の事を頼りにしてくれている事は解っている。それでも、全てを委ねられない強さと弱さが彼女の中にある。それを侵してしまえば、きっと彼女の心を踏みにじる事になるから。だから、俺に出来る唯一の事は、懐を広くもっているという事。彼女がいつでも寄りかかってこれる場所を用意しておくという事。
 彼女の上腕にそっと触れて、そこに刻まれた傷跡に何度も口付けをしてやった。唇にする時のように丁寧に、そして優しく。
「カイ……」
「チューしよ」
 ジェンドの顔をじっと見つめて、子供がおねだりをするように言ってやった。彼女は少しだけびっくりしたようだったけれど、すぐに口の端に笑みを浮かべ、こくんと頷いてくれた。
 左手で彼女の身体を支えながら、ゆっくりと顔を近づけていった。彼女の生暖かい吐息が頬に触れて、その瞬間、気怠い緊張感が胸の辺りから沸きおこってくる。
 何やってるんだよ、と心の中で吐き捨ててやる。まるでガキみたいにドキドキしていた。身体中が石みたいにカチコチになって、ただただ目を閉じた彼女を見つめているだけで。でも、こんな気持ちになれる事が物凄く嬉しかったんだ。その相手がジェンドである事も、嬉しくてたまらなかった。それから、少しずつ心が解れていくような気がした。まだ緊張はしていたけれど、それ以上にワクワクするような、そんな気持ちがどんどん膨らんでいって。気がついたら、己が求めるがままに唇を重ねていた。
 ついばむような口付けを何度も何度も繰り返していく。まるで互いの存在を確かめ合うように。互いの距離を推し量るように。それから、微かに開いた唇の隙間から舌をゆっくりと差し込んでいった。決して深くは入れない。入り口の辺りで愛撫するように動かしながら、あとは彼女の意志に任せようと思った。
 少しの間だけそれを続けて、そろそろ唇を離そうとした時だった。恐る恐るといった風に彼女の舌が近づいてきて、ぎこちなくではあったけれど、必死になって俺の求めに応えようとしているようだった。
「んふぅ……んふぅ……」と熱い吐息が喉の奥まで流れ込んでくる。ザラザラとした舌の感覚だけが生々しくそこにあって、その裏側に舌を差し込む度に、彼女は喉元から苦しげな声を漏らしていた。
 息をするのを忘れてしまうほど夢中になっていたらしい。ギリギリまで持ちこたえようと頑張ってはいたけれど、どうしても息が苦しくて、頭の中が真っ白になってしまって。慌てて唇を離すと、首筋にジリジリと焼け付くような感覚が、次いでとてつもない倦怠感が、身体中にのし掛かってきた。
「凄かったな……今の」
 息も絶え絶えに呟いてみる。彼女は虚ろな表情のまま、ただ二度ほど微かに頷いてみせた。
「へへっ、そっか」
 笑いながら彼女の上に身体を重ねる。それから逃げるようにして首筋へと顔を埋めていった。何となく収まりが良いというのもあるけれど、多分、笑顔でふやけた顔を見られたくなかったのではないかと思う。何が減るというわけでもないけど、こういう時はビシッと決めたいものなのだ、男は。
「……悪くなかった」
「何だよ、それ。『良かった』とか言えないかな」
「言って欲しいのか?」
「素直じゃねぇでやんの」
 そう言いながら首筋をペロッと舐めてやる。
「あっ……」
 肩の方に置いていた手をゆっくりと動かし始めた。優しく愛撫するように鎖骨をなぞって、真ん中の窪みの所を弄りながら、なだらかな双丘へと指を進めていく。その間もずっと、彼女は必死になって声を抑えているようだった。しかし頂点の敏感な部分に触れた瞬間、その唇から、吐き出すようにして熱い吐息が漏れる。
「可愛いよ」
 ぶんぶんと首を振る彼女。そんな彼女の脇に身体を横たえると、耳に舌を這わせながら、片手で双丘の愛撫を続けていった。そうしている間も、彼女の身体はビクンビクンと幾度と無く震えていた。そんな様子を見ていると、何だか俺が一方的に苛めているようで、際限なく自分が悪者のように思えてくる。だからというわけでもないけれど、おざなりに愛撫を済ませると、その手をふっくらとした下腹部の方に下ろしていった。
「あっ……カイ!」
 不意に彼女が声を荒げる。反射的に手を止めると、彼女の方へと顔を向けた。
「どうした?」
「まだ……やだ…………もう少し……」
 いやいやと小刻みに首を振るジェンド。それはきっと彼女に出来る最大級の主張だったに違いなかった。
「解ったよ。もう少し、な?」
 それ以上の言葉は必要なかった。いや、俺だって男の端くれだ。せっかく勇気を振り絞ってくれたジェンドに、それ以上を言わせるわけにはいかなかった。
 彼女の上に覆い被さると、唇にチュッと軽い口付けをした。それからゆっくりと身体を下げて、両手で双丘を愛撫しながら、ぷっくりと膨らんだ突起を丁寧に舌で転がしてやる。はじめはゆっくりと、次第に早く激しく。円を描くように舌を動かしながら、不意をついて甘く歯を立てて。
「んぁ……あっ…………ふぅ……」
 両手で突起を弄りながら、胸の谷間から腹にかけて舌を這わせていった。みぞおちの下からおへその辺りまですっと一本線が通って、キュッとくびれた腹部はしっかりと引き締まっているものの、女性らしいふっくらとした質感を失ってはいない。焦らすようにおへその周りを舐め回して、その中心へと、唐突に舌を差し込んでやった。
「ひゃっ……!!」
 腰を浮かしたりうねらせたりするジェンドを尻目に、舌をぐりぐりと動かしていく俺。少しずつ溜まっていった唾が、いやらしい水音を闇に響かせていく。
「やだ……カイ……あっ…………そんなにしたら……私……もう…………」
「それじゃ、そろそろ行くか?」
「あ……ああ…………もう大丈夫だから…………だから…………」
「解ったよ。じゃ、俺も服脱ぐナ」
「……手伝うか?」
「ははっ、それくらい一人で出来るって」
「そうじゃなくて……」
「いいよ、今日は。もうグッタリだろ?」
「あ……ああ。ゴメン」
「謝るなって。そうだ、アレ取ってくるから、ちょっと待ってて」
「使わなくていい。お前の子供だったら……私……」
「俺だって同じ気持ちだよ。でも、もう少し落ち着いてからの方が良いと思うんだ。俺達にとっても、子供にとってもさ」
「そっか……うん。ありがとう、カイ」


 ベッドの上には一糸まとわぬジェンドが座っていた。膝をついたまま足首を左右にずらして、身体を隠そうとしているのか、その両手は膝の間に押し込められている。そんな彼女の隣に腰を下ろすと、ポフッと音をたてながら、ゆっくりとマットが沈んでいった。
「ただいま」
 そう言いながら、髪の毛を優しく撫でてやる。彼女は少しだけ俯くと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ああ」と応えた。
 もはや二人を隔てるものなど何もない、生まれたままの姿の俺とジェンド。触れあう肌ごしに互いの体温が伝わってくる。そして心臓の音も。トク、トク、トク……いつもより早く刻まれる鼓動。それがどちらのものかは解らない。だけれど、それが二人の鼓動ではないかと思うようになっている自分がいて。そうであればいいなと、心のどこかで願っていて。
 ジェンドの背中に手を回しながら、その身体をゆっくりと後ろに倒していく。
「痛っ……」
「あ……大丈夫か!?」
「足がちょっと。うん、大丈夫だよ」
「そっか」
「ふふっ。おろおろしてただろ、今」
「誰がだよ?」
「カイ」
「嘘つけ。俺がどうして」
「ドキドキしてた。お前も緊張してたんだと思って……ちょっとだけ安心した」
「何で安心するんだ?」
「……私だけがそうだったら不公平だ」
 プイッと顔を背けてしまうジェンド。そんな彼女を見て可愛いと思う度、やっぱ惚れてるな、とつくづく実感してしまう。
「じゃ、おあいこだな」
 微かに喉の奥で笑いながら、彼女の太ももに手を伸ばしていく。絹のような肌に触れた瞬間、その身体が一度だけ大きく震えた。
「あっ……」
「大丈夫だよ。恥ずかしくないから」
「馬鹿……恥ずかしいに決まってるだろ!!」
「ジェンド」
 なだめすかすような口調で呼んでやる。強ばっていた身体からすっと力が抜けて、「好きにしろ」と言わんばかりに、彼女はゆっくりと目を閉じていった。
「いくよ」
 応えは返ってこない。それでも、心の準備は出来ただろう。そう思いながら、唾で濡らした指を彼女の中へと差し込んでいく。
「ん……あ…………」
 指を引き抜きながら、その場所にゆっくりと自分自身を埋めていった。ぬるっとした感覚が俺自身を包み込んで、ゴム越しに熱い体温が伝わってくる。その熱はあっという間に理性すら熔かしてしまって、気がついたら、必死になって腰を動かしていた。


「ごめん……飛ばしすぎたな。大丈夫だったか?」
「……酷いヤツだな。久しぶりだって言ったのに……死ぬかと思ったぞ」
「ご……ごめん」
「ふふっ……ははは……あはははは」
「な……何だよ!?」
「冗談だ。本気にするなって」
「ほ……ホントか?」
「ああ」
「そっか。ならよかった」
「……お前って」
「ん?」
「いや、何でもない」
「気になるじゃん。ちゃんと最後まで言えよ」
「……本当に解りやすいヤツだな」
「何だよ、それ?」
「言葉の通りだ。でも、そういうトコ……嫌いじゃない」
「へへっ、ジェンドの『嫌いじゃない』ってのは『好き』ってコトなんだよな」
「さあな」
「俺も、お前のそう言うトコ好きだぜ」
「……物好きなヤツだ」
「なあ、こんな話があるんだ。天使は一人っきりじゃ空も飛べないって……知ってる?」
「いいや。でも、飛べない天使なんて意味が無いじゃないか」
「普通はそう思うよな。でもそうじゃないんだ。天使にはね、生まれつき一枚しか羽がないんだ。神様がそう作ったから」
「解らないな……どうしてわざわざそんな事を」
「空を飛ぶ為には、喪われたもう一枚の羽の持ち主を探さなきゃいけない。もしも見つかったなら……お互いに肩を抱き合う事で、初めて大空へと飛び立つ事が出来る。その遙か彼方まで……二人なら行く事が出来る」
「…………」
「俺の片翼の天使……ジェンドだったらいいな」
「…………ばーか」
「何だよ、そんな言い方無いだろ?」
「私以外の誰がいるっていうんだ」
「え……」
「もしも他にそんなヤツがいたら、そいつの羽をむしり取って私がつけてやる」
「お前らしいな。ふふっ……こんな物騒なヤツ、確かに他には任せておけないか」
「せいぜい雲の上から突き落とされないように注意するんだな」
「どーんって?」
「そうだ。どーんって」
「そうしたらお前だって落ちちゃうぜ?」
「のぞむ所だ」
 そう言う彼女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいて、窓から差し込んできた月明かりは、まるで天使の翼のようにキラキラと輝いていた。

fin

n o t e
 最後まで読んで頂きありがとうございました。『心の律動』の終わり方は、我ながら『蛇の生殺しやな〜』とは思ってたんですが、あのまま続けていたら年齢制限がとんでもなくなっていたような気がしたので強引に切ってしまいました(^^;正直続きを書く気はなかったんですが、友人におねだりされて、ついつい書いてしまいました。ごめんなさいm(__)mしかし私が書くとやらしくならないですね(汗)どうも裏小説の書き方が解らないモノで。裏レベルもどの程度のモノか全然解ってなかったりします。この程度でいいですか?(爆)
 片翼の天使の話は、ゼノギアスを懐かしんで書いてみました。ゲームの中に登場する教会に、肩を抱き合って空を飛ぶ片翼の天使達の像があったんですよ、確か。それを見た当時物凄く触発された記憶があります。あのゲームには本当に影響を受けましたね、色んな意味で。監督の高橋さんと音楽の光田さんのことは今でも本当に尊敬しております。いつかはあんな話が書けるようになりたいなーv

P.S.オッツ・キイムにゴムがあるかという話ですが、結論から言ってしまえば『無い』と私は信じております……が、正しい性教育を、との友人の熱意に共感して、こちらでは使わせて頂きました。前にそのような議論をして「絶対にない」と言い張っていたのですけどね(笑)とにかく、世の男性陣は正しい知識と相手を思いやる気持ちを大切にして下さいねv

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