いつでもいっしょ

2月1日
 今日は朝からずっと雨が降っている。まだ三時過ぎだというのに、綿飴に泥水を吸わせたような雨雲が空一面を覆っている。激しく打ち付けられた雨に建物の輪郭はボヤけて、シャーッという耳障りのいい雨音が聞こえてくる。こういう天気は好きだ。逆に真っ青に晴れ渡った空を見るのは何となくゾッとしない。前にカイのヤツが訊いてきたっけ……何で青空が嫌いなんだ?って。嫌いじゃないけど好きでもないだけだ、そんな感じで適当に答えたような気がする。理由なんてどうでもいい。私がそう感じるだけでそれ以上の意味など何もない。ただそれだけだ。いい加減何かある度に何で何でと訊かれると答える気も失せてくる。子供じゃあるまいし……それに何だか私の中に土足で上がり込まれているような気がして。特別嫌なわけではないが好んでいるわけでもない。それでも、そんな風に言われなくなったらそれはそれで寂しいものだと最近身に染みて解るようになった。アイツが転勤してから四ヶ月。こんなにも長く感じるとは思いもしなかった。いつもならば人付き合いを煩わしく感じるのに、彼のいないこの部屋に酷い違和感と物足りなさをおぼえた。だからといって他のヤツを招こうという気にもならないのはアイツの毒牙にやられたのか、それとも私が相当物好きだという事か。取り敢えずアイツの相手をしている時に手持ちぶさたになる事はなかったから。だからと言うわけではないけれど、独りの時間を何とかしようと日記を書き始めた。

2月2日
 いつも通りの残業が終わった後、思い立ったように近くのデパートへと寄っていった。バレンタイン前でごった返している店内を小走りしながら、目指すは二階の裁縫コーナーだ。そこで何枚かのカラフルな布地と糸、それから綿を買って帰った。飯も食わずに布を切って、それを慣れない手つきで縫い合わせていく。何度も何度も指を刺して、終いには指中絆創膏だらけになっていた。女のクセに情けないとは思ったけれど出来ないものは仕方がない。チマチマとした作業は短気で不器用な私には向いてないのだ。何時間か針と糸と格闘しながら出来上がったのはあまりに不格好なマスコットだった。糸はほつれまくって、所々から綿が飛び出している。認めたくはないけれど、結局は寂しかったのだと思う。カイの代わりになるモノ、と思って作ってはみたマスコットだが……その不格好な布の塊はカイとは似ても似つかない。敢えて彼と似ている所を挙げるとするならば金髪位なものだ。出来上がった代物を見た瞬間、私の中で何か冷ややかな感情がわき起こって、それから軽い苛立ちを覚えた。いざ冷静になってみると、自分はどれだけ間抜けでばかげた事をしているのだろうと思えたのだ。行き場のない怒りを手の中のカイ人形にぶつけて、握りつぶしたそれをベッドの方に放り投げる。後に残ったのはバラバラになった布きれとカーペットに散らばった糸くずだった。『もともと散らかっていた部屋だ』そんな風に言い聞かせながら、気だるい体を何とか動かして立ち上がり、そしてベッドに背を向けたまま隣の部屋へとダラダラ歩いていった。それから風呂に入って、寝るまでの間大して面白くもないテレビ番組をぼうっと見ていた。66<シックスティ・シックス>とかいうお笑いコンビがバカみたいに騒ぎまくるバラエティ番組だ。そういえばカイの奴大笑いしながら見てたっけか。相手をしてくれない事に腹を立てながらずっと睨んでいたのに気づきもしないで。いつも終わってから「どうかしたか?」なんて何もなかった風に訊いてくる。その度に「お前のせいだ」という言葉を飲み込んで(やはり認めるのが嫌だったんだと思う)「別に」と返して風呂に入っていくお決まりのコースだ。自分が何かやらかした感があるのだろう。「ははは…」なんてわざとらしい笑顔を浮かべながら風呂までついてきて。服を脱ぐ私の身体を子供をあやすような手つきで抱きしめてくる。いつもすっ飛ばしてやろうと思っていたのだけれど、アイツの子供みたいに無邪気な笑顔を見るとその気すら失せてしまうのだ。そんな昔話を思い出しながらふと頭の中に浮かんできたのは例のカイ人形だった。あんなものカイに似ても似つかないのに……見るだけで苛つくのに……何故だか気になって頭から離れなかった。結局「捨てるのは可哀想だから」とかワケのわからない理由をこじつけて人形を取りに行くと、寝るまでの間ずっと自分の傍らにチョコンと座らせて一緒にテレビを見ていた。途中何度か視線を横に向けてみたけれど、人形は行儀良く座ったままだった。

2月5日
 最近何をするにつけてもカイ人形を連れて歩くようになった。出かける時も一緒。テレビを見る時も一緒。ご飯を食べる時も一緒。出来の悪い子ほどカワイイと言うけれど、案外その心境に似ているのかもしれない。時間が経てば経つほどどんどん愛着が沸いていく。これを書きながら気付いたのだけれど、人形を「連れて歩く」等と言う時点でもはや私の中では人形以上の存在になっているらしかった。ともすればカイと一緒にいるような気すらしてしまう。これだけ雑に作られたものの筈なのに、腰の所を曲げて座らせてやるといつまでも行儀良くそうしているのだ。それに不思議なほど私の生活にうまくとけ込んでいて、いつの間にか傍らにいるのが当たり前となっていた。

2月11日
 今日は大事件が起こった。シャワーを浴びている間にカイ人形がいなくなってしまったのだ!焦った私は髪を乾かしていたタオルを投げ捨てると、棚の上から布団の中から部屋中をひっくり返さんばかりの勢いで探しまくった。結局は枕から滑り落ちてベッドの下に落ちていたのだけれど……もう少しで泣いてしまうかと思った。

2月13日
 明日はバレンタインだ。久々にカイに逢えるかと少しだけ期待していたけれど、結局は仕事の折り合いがつかずに一人で過ごす事になりそうだ。「逢いたい」の一言が言えたなら彼は無理してでも逢いに来てくれたかもしれない。それでも、私にはどうしてもその一言が言えなかった。恥ずかしいというのもある。しかしそれ以前に誰かに甘えてしまう自分が許せなかった。それがたとえ彼であっても、自分の弱さを認めてしまうような気がして仕方なかった。


 突然鳴り響いたチャイムに手を止める。そして膝の上に乗せていたカイ人形を机の上に座らせると、気だるい身体に鞭を打ちながらゆっくりと立ち上がった。
 壁に掛けた鏡を見ながら髪を整えている間にも二度三度とチャイムが鳴って、私は少しずつ苛立ちを募らせながら足早に玄関へと向かっていった。
「全く……こんな時間に一体誰が−−」
 バランスを崩しそうになりながら靴を履いてドアを開けた瞬間、驚きのあまり思わず言葉を失ってしまった。
「バレンタインおめでとう、ジェンド」
 目の前にいたのは紛れもなくカイだったのだ。
 走ってきたのか、少しだけ乱れた髪にうっすらと汗のにおいが鼻についた。
「どうして……」
「どうしてって、ジェンドが一人で寂しがってるんじゃないかと思ってサ」
 憎たらしいくらい爽やかな笑顔を浮かべながら応えるカイ。
「だ……誰が寂しがったりするか!お前の方こそ寂しかったんだろうが!!」
「ああ、寂しかったよ」
「え……」
「お前が『来て欲しい』って言ったらすぐさま飛んできたのに何も言わないじゃん。だから俺から来ちゃった」
 フッと浮かべた寂しげな笑みに胸が締め付けられるような気がした。ふざけて返してくればこっちだって軽くあしらえたのに……そう思いながら、どう返していいか必死に考えていた。
 彼は忙しい中わざわざ逢いに来てくれたのだ。素直に喜べばいいのに。素直にありがとうって言えばいいのに。素直に嬉しいと言えばいいのに。しかし彼の顔を見ているとあまりの気恥ずかしさにそんな言葉など欠片も出てきはしなかった。
「さ……寒いから。早く中に入れよ」
 そう言いながらサッと身体を翻す。そしてわずか二、三歩だけ進んで足を止めた。少し遅れてぴったりくっついてきていた彼の身体が私の背中にぶつかってくる。
「あ……」
「……私だって物凄く逢いたかったから……だから本当に嬉しい」
 カイの大きな手が優しく私を抱いていた。
 唇はそっと髪の毛に触れ、耳の後ろから優しい声が響いてくる。
「……素直に言えるんじゃん。ホントに寂しかったんだ?」
「意地悪」
「何が?」
「私にそんな事言わせなくてもいいだろうが……」
「俺はジェンドの口から聞きたいんだよ」
「……どうしても?」
「どうしても」
「言わなかったら……帰っちゃうか?」
「帰って欲しいのか?」
「だから……意地悪なんだよ」
「いいだろ、たまには立場逆転ってのもさ」
「…………」
「そっか……寂しくなかったんだ」
「うう……またそんな悲しそうな声を出す…………解ったよ、ああ……寂しかったよ!これで満足かよ!!!」
「ふふっ……半分は、な?」
「何だよ、もう半分って……ああっ!!」
「そゆコトvジェンドを食べなきゃ満足できないね」
 そう言いながら下腹部に手を伸ばすカイ。こういうトコだけは全然変わってないな……と思いながら、それが何だか懐かしくて、恥ずかしい反面嬉しくもあった。
「ば……バカっ!!だからって玄関先で襲う奴がいるか!!この獣!!!」
「知らなかったのか?男って皆ケダモノだったんだぜ?」
「や……やめっ……」
「やめていいの?」
「…………」
 やっぱり変わってないのは私もか……そんな風に苦笑しながら、心の中で一つだけため息をつくと諦めて身体の自由を明け渡してやった。


 次の朝目を覚ました時に彼の姿はなかった。
 枕の横には懐かしい綺麗な字で「仕事が入って朝一で帰らないといけなくなりました。良く眠ってたみたいだから起こさずに帰ります。可愛い寝顔だったよ カイ」と書かれたメモ書きが残されている。彼らしい気の回し方にクスッと笑いながら、そのまま一度だけ大きく背伸びをした。
「また独りぼっちか……」
 ついさっきまで肌で感じていたはずの温もりが何とも言えず物寂しかった。それを逃さぬようにと毛布で身体を覆い、ゆっくりとベッドから起きあがる。そしてふと机に視線を向けた瞬間、私は思わず声を漏らしてしまった。
 机の上には昨日と同じようにカイ人形が行儀よくチョコンと座っている。
 しかしその首にはアメジストの指輪が、朝日を全身に受けながらキラキラと輝いていた。
  

fin

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 最後まで読んで頂きありがとうございました。今回はバレンタイン企画という事でお贈りしましたがいかがだったでしょうか?本当は時間的な問題から書く予定がなかったのですが、日付が変わる直前になってどうしても書きたくなって書いちゃいました(笑)というかストーリー&キャラグチャグチャでごめんなさい(^^;某管理人さんの日記を読んでどうしても書きたかったんです……ご本人の許可もちゃんと取りましたしvVどう書いたモノか散々迷ったんですけどね〜ジェンドとカイ人形以外の要素は極力排除したかったので、前半日記形式をとってみました。映像でなら完全に再現できる自信はあったんですけど、やっぱこの手の起伏の穏やかな話は小説では難しいです。もっと勉強しないとですね。それでは、皆さん良いバレンタインを!
(アップした時にバレンタインを間違えてクリスマスと書いてました;;一体私の頭はいつから止まってたんでしょうね〜(笑)バレンタイン〜とか大騒ぎしてたクセに;)
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