どうしてコイツらと旅を続けているのだろう。ふと我に返った瞬間、いつもその疑問が頭の中に沸き起こってくる。
面倒くさい。うざったい。一人がいい。口を開けばそんな言葉しか出てこないのに、何故かここから抜け出せずにいる。一歩前に踏み出しさえすれば、そこに自由な世界があるというのに。私の心の中には曖昧模糊とした揺らぎのようなものがあって、それが私を捕らえる度に、とてつもない不安に苛まれる。息が苦しくなって、滝のように汗がこぼれ落ちて、どうしようもなく混乱して、私は私でなくなってしまう。まるで悪夢の続きを見ているかのように。そう、塗り固めてきた自分自身が剥がれ落ちる。ボロボロと崩れ落ちる。あとに残るのは、私が最も認めたくない自分ーー弱くて虚ろな、きっと一人じゃ生きていけない自分。アイツになど見せるべきじゃなかった。でも、あの時はどうしようもなかった。苦しみを解放する術を知った瞬間、私は弱くなった。依存する術を覚えてしまった。
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魔女狩りの街
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「わぁい! 水がキラキラ輝いてるよ! ね、カイ! ジェンド!」 「ホントだ……水面に映る君の姿は美しい一輪の薔薇のようにーー」 「何が一輪の薔薇だ。気持ち悪い。こら十六夜、あんまり川の近くに寄るんじゃない。フラフラ歩いてると落ちちまうって、おいっ!」 「わわっ!?」 「「十六夜!」」 ボッチャーンと派手な音を立てながら、次の瞬間、足を滑らせた十六夜は浅瀬に尻餅をついていた。まったく、とことんまでお約束を外さないヤツだ。腹の辺りまで水につかったまま、私達を見上げた十六夜はヘラヘラと笑っている。 「だから言っただろうが! 全く、お前ってヤツは……」 「ふふっ、でも冷たくて気持ちいいよー!」 「十六夜らしいなぁ」 「何暢気に感心してやがる! それより、ほら、早くあがってこい。いつまでもそんな所にいると風邪ひくぞ!」 「うんっ!」 耳につく甘ったるい声を響かせながら、十六夜が重い腰をゆっくりと上げる。それを見計らって私も手を差し出したのだが…… 「わわっ!?」 再び足を滑らせる十六夜。今度こそ全身びしょ濡れ状態だ。 「はぁ……」 自然とため息が漏れる。ここまでくるとため息しか出てこない。いくらお子様でも限度があるだろう……そんな事を考えながら、蹴るようにしてブーツを脱ぎ捨てた私は、川の中に足を踏み入れていった。 「お前ってヤツは」 「ジェンドも一緒に泳ごうよ〜」 「泳ぐかっ!」 「えーつまんないの」 「黙れっ! いいから早くあがるんだ!」 怒鳴り声を上げながら十六夜の服をむんずと掴んだ。軽い身体がフワッと浮かんで、楽しそうな十六夜の声が響き渡る。言葉を失ってしまった私は、十六夜の体をそっと地面に降ろすと、必死に笑いを堪えているカイの顔をジロッと睨み付けてやった。 「は……はは……そんなに怖い顔するとーー」 「せっかくの美人が台無しだ、と?」 「うんうん、せっかくの美人が台無しだぜ!」 「ふざけんな! このナンパ野郎!!!」 「わわっ……岩はよせって、岩は!」 「知るかっ!!」 ……岩10個決定。心の中で冷たく呟きながら、手近にある岩を次々と投げつけてやる。着地も問題なし。カイサンドの出来上がり、ってヤツだ。これで少しは懲りるだろう。 「ひどい……俺が一体に何をした……」 「ふんっ、胸に手を当てて考えてみるんだな」 「だぁぁぁぁぁ! 岩が邪魔で身動きとれないじゃねぇか!!」 「だったらずっとそうしてるんだな。十六夜、さっさと先に進むぞ」 「え、でもカイは?」 「カイは一人がいいらしいからな。ほら、早く行くぞ」 「う……うん」 「そりゃねぇよ……ジェンドォーーー!!」
夜の帳が落ちてからしばらくの時が経っていた。 明かりの消えた部屋を照らすのは、窓から差し込んでくる月明かりだけ。二つあるベッドの一つを十六夜が占領して、私は窓際の籐椅子に腰掛けている。 何をしているわけでもない。このまま寝てしまっても構わなかった。だけれど、私はそうはせずに、ただ雲間にたゆたう月を漠然と見つめている。その仄かな光が、傷だらけのこの身にすぅっと溶け込んでいく。私の内に潜むありとあらゆる傷跡を塞いでいく。感覚が、思考が、ゆっくりと散漫なものになっていく。 その時、何者かの足音が静寂を破った。徐々に近づいてくるそれが、部屋の前まで来た所でぴたっと止まる。ようやく戻ってきたかーー声もなく呟いた私は、そのままゆっくりと目を閉じた。 ドアノブをひねる音に、金属が軋むような耳障りな音が空気を震わせる。再び目を開いた私は、十六夜が起きていないかと、彼の方にそっと視線を向けた。 「お早いお帰りだな」 皮肉げに言ってやる。どうせ今の今まで呑み歩いていたのだろう。私に十六夜の世話を全部任せておいて。 「ああ、待っててくれたのか? 寝てても良かったのに」 「別に……お前を待ってたわけじゃない」 きっと嘘はついていない。だけれど、そう言い切ることが出来なかった。だから言葉に詰まったのだと思う。自分の中に気まずさのようなものが生まれて、それを隠すように、椅子から立ち上がった私は足早にベッドの方へと歩いていった。 身体を投げ打つようにベッドに腰掛ける。背中を後ろに倒して、ベッドの真ん中に大の字に寝転がる。天井を見上げていた視線をカイの方に落とすと、彼は呆気にとられたように、ただ私を見つめているだけだった。 「えーと、俺の寝る場所がなくなってる気がするんだけど」 「お前の場所だと? 別の部屋をとってるんじゃないのか?」 「どうしてそうなるかなぁ」 「じゃあ、どうして二つしかベッドが無い部屋をとった?」 「だって、部屋が空いてなかったんだから仕方ないだろ?」 「ふ〜ん……まあいいけどな」 わざとらしく言って身体を横に傾ける。薄闇に響き渡る衣擦れの音。ゆっくりと沈んでいくマットレス。ごろんと寝転がった彼の身体が、私の背中に微かに触れる。 「十六夜は?」 「ぐっすり眠ってる。相変わらずのお子様タイムだ」 「ははっ、十六夜らしいな。それで、お前は何してたんだ?」 「私は……別に。考え事をしていただけだ」 「ホントに?」 「ああ」 「ちぇっ、待っててくれたんじゃないかと思ったのになぁ」 「図に乗るんじゃない」 「はいはい、解ったわかった」 ベッドが軋む音が聞こえて、彼の指先が私の髪の毛にそっと触れた。まるで子供をあやすかのように、優しい手つきで私の頭を撫でている。それは私達の間での合図になっていた。いや、正確に言えば「彼の」というのが正しい。私から誘ったことなど一度もないのだから。 「……十六夜が起きるぞ」 嫌だと言うつもりはない。同意するつもりも。それでアイツを喜ばせるのは癪だし、調子に乗らせるとロクな事がない。私自身が微かに抱いている期待も、決して見透かされたくはなかった。 「一度寝たら朝まで起きないよ。知ってるだろ?」 「……ああ、そうだったな」 「気が乗らないならいいんだぞ?」 胸のあたりにヒンヤリと冷たい感覚が走った。表向きは冷静を装いながら、頭の中では「どうしようどうしよう」と考えている。根は真面目で優しい男だ。だから、私の曲がりくねった言葉を本気にしたに違いなかった。 奥歯をギリッと噛みしめる。ただ認めればいいのに、それすら出来ない自分が口惜しかった。そうして、全ての行為の結果を彼のせいにしようとしている。この気持ちすら、彼のせいにしようとしているに違いなかった。 「そんな事ない」 感情のない私の声に、彼の手がぴたっと止まった。 「お前、無理してない?」 「ふんっ、馬鹿らしい。私がお前の言うことをホイホイきくとでも思ってるのか?」 「確かにって、俺立場ねぇじゃん」 「当たりま……あ……はぁ……」 鎖骨の辺りから、彼の手が服の中へと入ってくる。柔らかな指の腹が肌を撫でるたび、ゾクッとするような快感が全身を駆け抜けていく。 ごつごつとした指が円を描くように胸をなぞって、その頂点に達した瞬間、私の身体はビクンと仰け反ってしまった。だが彼は指を止めようとはしない。私の反応を楽しむかのように、執拗に刺激を与え続ける。解っているのだ。そうすればどうなるのかを。 「こ……こら……カイ……」 何とか逃れようと身体を傾けたり捻ったりしてみる。だけれど、私の抵抗などむなしく、先端の敏感な部分は蕾のようにぷっくりと膨らんでいく。 「あ……あぁ……」 情けない声を漏らしながら、小刻みに震えた両手で顔を覆い隠していた。顔を見られてないことなど解っていたけれど、そうせずにはいられなかったのだ。ひた隠しにしてきた女の部分をさらけ出されたようで、どうしようもなく恥ずかしくて仕方がなかった。 「服、脱ごうか」 耳元でカイの囁き声が響き渡った。それだけでも身震いする程反応してしまったのに、彼の指先がボタンを外そうとした瞬間、緊張と恥ずかしさは最高潮に達していた。反射的に彼の手を握りしめた私は、その手をぎゅっと胸に押さえつけながら、震える唇をゆっくりと開いた。 「じ……自分で脱げるからいい! お前もさっさと脱いでしまえ。私は脱がせてやらないからな」 「そっか? 俺は気にしないのに」 私が気にするんだ、と言ってやりたかったのを、すんでの所で飲み込んだ。彼は私から手を離すと、ベッドから降りて、どうやら服を脱いでいるらしかった。 衣擦れの音が響き渡る中、緊張で震える手を何とか動かしながら、ボタンを一つずつ外していく。サラシは巻いていないから、上着の下にあるのは素肌だけだ。 「脱ぎ終わった?」 「あ……ああ」 彼の分厚い胸板が背中に触れる。私が唯一この身を任せる事が出来る、広くて大きなカイの胸。恥ずかしくて仕方がないのに、何故か安心している自分がそこにいた。全てを預けることが出来ると、この時の私は本気でそう思っていた。依存とか馴れ合いとかいう言葉が大嫌いな私が。 もう一度私の頭を優しく撫でて、顔の輪郭をなぞりながら、その手をあごの辺りまで下ろす彼。少しだけ力を入れて、自分の方に向かせようとしているらしい。 「こっち向いてよ」 命令口調ではない。彼にしては高い、少しだけ甘ったるい声。その言葉に、私は素直に従ってしまう。 「……わかった」 私の顔をじっと見つめる彼に思わず俯いてしまった。彼の首筋をじっと見つめながら、恥ずかしさを噛み殺す為に、奥歯にギリッと力を込めた。そんな私の思惑などそっちのけで、彼の手が頬に触れる。ゆっくりと自分の方に顔を向けさせると、徐に唇を近づけてきた。私は雰囲気を壊さぬようゆっくりと目を閉じ、彼の口づけを静かに受け止める。唇の辺りで戸惑うように動く彼の舌。それを受け入れなければならないと思って、微かに開いた歯の隙間から、自分の舌をぐいと突き出した。 「ん……んふぅ……」 互いの口の中で絡まりあう舌と舌。篭もった水音が鼻の奥辺りで響いて、それは少しずつ理性の塊を溶かしていく。頭の芯がじわじわと痺れていく。舌の動きがどんどん早まっていって、太ももに当たった彼自身が大きくなっていくのが手に取るように解った。 抱き合う事で私が求めるのは温もりだけ。そう思っていた。だけれど、いつの間にか快感が身体の奥底に染みついていて。自分だけはそんな女ではないと思っていたのに、そのような思いこみはボロボロと音を立てながら崩れ去っていく。こうなると……私は彼に逆らうことが出来ない。本能の言いなりになってしまう。唇を貪って、体中に口づけをして、愛撫して、彼自身をこの身の最奥に受け入れてーーこの瞬間、自分は女なのだとつくづく思い知らされる。嬌声を漏らす唇が、子宮に響く衝撃が、その現実を否応なしに押しつけてくる。そうである事を否定し、そして塗り重ねてきた偽りの自分が、ボロボロと音を立てながら崩れ落ちていく。
気がついたら、とても楽になっていた。
「平気か? ジェンド」 行為を終えた後に、心配そうな顔をした彼は、決まってそう訊ねてくる。きっと、私に我慢をさせてしまったのではないかと不安になるのだろう。私も、この時ばかりは、出来ない無理をしてしまいそうな気になってしまう。彼が私に与えてくれるたくさんのものがあって、だから、私も出来ることなら何でもやってやりたいと思う。もちろん、それはこの時だけだ。夜が明けて、十六夜が目を覚ませば、二人の関係は元に戻るのだから。言わば、今この瞬間は、ある種特殊な状況にあると言ってもいいかもしれない。 「ああ、もちろん」 いつも通りの言葉を吐き捨てる。そうすると、これまた決まって、彼は私の髪の毛を優しく撫でてくれる。この瞬間が一番好きだ。彼の腕の中で、無防備ながらも、全身で安心を感じているこの瞬間が。 「十六夜……起きてないよな?」 「ふんっ、一度寝たら朝まで起きないって言ったのはお前だろうが」 「いや、そうだけどさ」 「起きたらどう弁明するつもりなんだ?」 「そりゃ、ジェンドと俺は愛し合ってるのサ、って」 全身にゾクッと冷たい感覚が走り抜けった。その言葉にどう反応していいか戸惑っている。私の頭の中は、すぐに色々な思考で埋め尽くされて、何も考えられなくなってしまう。 「なあジェンド、俺……」 「寝るぞ」 「え……」 「もう疲れた。明日の朝も早いんだ。もう寝ないと起きれないぞ」 彼の胸に頬をすりつけ、目を閉じる私。それ以上続けさせるわけにはいかなかった。きっと、私はどうしていいか解らなくなってしまう。現実を、彼を、どう受け入れて良いか解らなくなる。それがどうしようもなく怖かった。今の私には、彼の言葉の意味を理解することなど出来ないのだから。それならば、何も変わらない方がいい。結論を先延ばしにして、いつまでもぬるま湯に浸かっている方がいい。
こんな自分が大嫌いだ。 |
to be continued...
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