街の喧噪の中で彼女はいつも人混みに紛れるように立ち竦んでいる。 目の前に広がるセピア色の景色。味気ない世界。せかせかと動き回る人間たち。その内にあって唯一強烈な色彩を帯びている一人の女性−−紫色の長髪に褐色の肌、すらりと着こなした長身のコート、髪の合間からのぞく細長い耳、その美しいと形容するだけではあまりに言葉が無力に思えてしまうような、ある種荘厳な容姿に目を奪われてしまう。 しかし真に俺の心を奪っていたのはそのようなものではなかった。俺の瞳が絶えずとらえていたもの、それは燃えさかる炎を内に秘めた深紅の瞳だった。その瞳に見つめられていると体中が身震いするような感覚に襲われて、金縛りにでも遭ったかのように固まってしまう。一度として話をしたことも触れたこともない。それが出来ないことも自分なりに理解しているつもりだ。それでも彼女の姿を求めてここにきてしまうのは、彼女を見つめていること、そして俺自身が見つめられていることを望んでいたからかもしれない。
−−ピピッ
無機質な機械音が鳴り響いて、それを合図と言わんばかりにそれまで忙しく動き回っていた人々が動きを止めた。誰もがビデオの一時停止ボタンを押したように不自然な形で立ち止まっている。それは彼女とて例外ではなかった。今や生々しい質感など露とも感じさせない、写真のような薄っぺらい映像が目の前の空間に貼り付けられているだけだ。そしてそれまでの感傷を打ち砕いてやろうと言わんばかりに、目の前にブルーバックのスクリーンがパッと浮かび上がった。その中に『着信』という文字を見つけてやれやれと息を吐く。 「コマンド。離脱しろ」 『了解しました。離脱します』 頭の中に人間のそれと殆ど変わりのない人工音声が鳴り響いた。原色の砂嵐みたいなもので視界が遮られて、一秒もたたないうちに殺風景なコックピットへと連れ戻される。 仮想現実はそれなりに味気ない人工的なものだけれども、今俺がおかれているこの現状とどれだけの違いがあるかと訊かれれば答えるのはなかなかに難しい。 「ちょっとカイ、聞いてるの? ねえったら!」 ふと視線をあげると、中央の窓にデカデカと声の主のホログラムが映し出されていた。けばけばしいイエローヘアーに甲高いわめき声。悪友と呼んで差し支えないであろう彼女の名はソフィアだ。 「……聞いてるよ、頼むからそんなに叫き散らさないでくれ」 「どうせまたシュミレーターで遊んでたんでしょ? 全く……暇なのは解るけどほどほどにしときなさいよ? 夢見心地でイッちゃってる最中に隕石にでもぶつかったら洒落にならないわよ」 「どうせオートパイロットにしてるんだ。起きてようが寝てようが目的地には着くさ。それに誰が好きこのんでこんな宇宙の片隅で一人暇を持て余してるって言うんだ?」 「止してよ……真っ当な人間ならこんな仕事しないわよ。違う? あなただって何かやらかしたからそこにいるんでしょう?」 「……なあ、お前にだって触れられたくない過去の一つや二つあるんだろ? お互い詮索はやめとこうぜ」 「あ……そうね。ごめんなさい。つい……」 「いいよ。それより用件は何だ? まさかそんなこと言いに来たワケじゃないんだろ?」 「当たり前でしょ。あなたも知ってると思うけど、あと少しで分厚い電磁層の中に入るわ。その後は私達との通信が途絶えるから、最後の確認をしておこうと思ってね」 「ああ」 「現在はアドビス圏内にいるから私達が管制をしているけれど、層を超えたらアニバピオ圏内に入るから、それ以降はそちらの指示に従って頂戴。ただし、電磁層の中では通信が完全に遮断されてしまうから、外からのサポートは一切無いわよ。何か起こっても自分で解決してもらうしかないわ。いい?」 「ああ、解ってるよ」 「ならいいんだけど……あなたを見ていると何か放っておけなくて」 「何だよ、そんなに頼りないか?」 「そんなんじゃないわよ。ただ−−」 「ただ?」 「どこか自棄になっているような、そんな危うさを感じる」 彼女にしては酷くトーンを抑えた声だった。ぷっくりと膨らんだ唇が幾度か上下に動いて、それがゆっくりと閉じた瞬間、ザザッというノイズと共に通信は途絶えた。 その言葉を頭の中で繰り返しながら、俺はいつまでも窓の外に広がる漆黒の闇を呆然と見つめていた。その言葉はあまりに俺の心の中を見透かしていた。
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to be tontinued...
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