「目が覚めたか?」 ぼんやりとした意識の中に流れ込んでくる聞き覚えのある声。はて……俺はこの声を一体どこで聞いたのだろう。思い出そうとするとズキリと頭が痛んだ。ゆっくりと目を開いても眩しくて何も見えない。 「ここがどこか解るか?」 「え……」 「お前はアドビス国聖騎士団の入団試験を受けていた。これはその一つの適性検査だ。仮想現実ネットワーク上で非常事態を再現して、その時のお前の反応を見る筈だった。だが途中でトラブルが発生して……たまにあるんだ、シミュレーターと強く同調しすぎてしまう事がな」 「あれは……夢だったのか?」 少しずつ辺りの輪郭がはっきりとしてきた。ぼやけた視界の中に紫と褐色、そして白の固まりが見える。これが声の主であろうか? 好奇心に駆られながら、彼女に目をこらしたまま何度か瞬きをしてみた。 「そう言っても差し支えないだろう。お前は私が擬似的に作成した環境とイベントを知覚していたにすぎない。その限りにおいては夢と何ら変わりはないだろう。ただ、お前の脳にとってはそれが唯一の現実だが」 この瞳に彼女の姿がはっきりと写った瞬間、俺はハッと息を飲んでしまった。何故ならば、『彼女』はここにいる筈がないのだから。 「まさか……ジェンド!?」 「彼女は仮想現実ネットワーク上にコピーされた私の人格だ。そしてお前が同調したのも彼女。パラメーターが異常値を示した時には既に外部からの干渉を一切受け付けなくなっていた。まるでネットワーク自体が意志を持った一つの生命であったかのように……」 「お前はあのジェンドなのか……?」 「……この書類をもって受付に行ってくれ。今後の事は検討の上連絡する」 そう冷たく言い放って、くるりと振り返って俺に背を向けた。その背が少しずつ小さくなっていくのがたまらなく辛くて、苛立たしくて、気がついたら思い切り叫んでいた。 「待てよ!!」 「……まだ何か?」 「ずっと見ていたんだろ?」 「ああ」 「だったら」 「私と彼女は違う」 「それならそれでいいさ。でも……何で逃げる? 何で俺の顔を見ない?」 「解らない……私には何も……ずっとモニタリングしていた。お前を、そして彼女を見ていた。プログラムだと解っていたのに……彼女が憎たらしくて仕方がなかった」 「ジェンド……」 「必要なデータだけ取ってすぐに停止させるつもりだったんだ。だけどそれは拒絶された。一つ間違えばお前も彼女と一緒にロストしていたかもしれない」 「お前が助けてくれたのか?」 「……ああ、それが仕事だ」 「ずっと一緒にいたいと思った。一緒にいられるならば死んでもいいと思った。その気持ちはまだこの胸の内にうずまいたまま残っている」 「言っただろう。私は彼女じゃない」 「だったら、お前の心は何と言っている?」 振り返った彼女は口の端に笑みを浮かべて俺をじっと見つめた。冷たい月を抱いた深紅の瞳は信じられないほど透き通っていた。吸い込まれてしまいそうなそれにハッと息を飲んだ瞬間、彼女はおもむろに唇を開いた。 「彼の者の声を聞け……それができるならな」 互いの視線が交差する中、沈黙だけが俺達の言葉だった。
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fin
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