Christmas Night

「あ……雪だよ」
 服を引っ張りながら、嬉しそうにイリアが言う。
 応える代わりにゆっくりと顔を上げる俺。ゆらゆらと舞い降りてくる牡丹雪。まるで綿飴みたいだーーそんな風に思いながら、アイツみたいな事を考えている自分にクスリと笑った。
「また寒くなるな」
 吐き出した息が真っ白に染まる。
 これからますます寒くなっていくのだろう。旅をするには辛い季節だ。その程度のつもりで言ったのだけど、それがどうやらお気に召さなかったらしい。イリアのヤツはもう一度俺の服を引っ張って、「もぅ……シオンったら。もっと別の言い方とかあるでしょ?」なんて不満そうに言っている。
「別の言い方って何だよ?」
「綺麗だね、とか。ほら、もっと『ろまんてぃっく』な感じの」
「ロマンティックって……お前意味解って使ってるのか?」
「むぅ……それくらい解ってますよーだ!」
「じゃあどんな意味だよ?」
「ええと……ろまんてぃっくってのはね……だから……その……つまり……」
「つまり?」
「とにかくろまんてぃっくはろまんてぃっくなの! って……きゃっ!?」
 耳をつんざくような悲鳴に、ドスンと鈍い音が続く。振り返ってみると、案の定、そこにいたのは地面に倒れ込んだイリアだった。おおかた石にでもつまずいて転んだのだろう。
「ったく……何やってんだよ」
 ゆっくりと顔を上げた彼女は、今にも泣き出しそうな顔をして俺を見つめている。
「ほら、手貸せよ」
 一つだけため息を付いて、手を差し出してやった。
 両手をパンパンと叩いてから俺の手を取るイリア。ずっしりとした重さが肩にかかってくる。
「あ……今重いって思ったでしょ?」
 眉をひそめた彼女がじろりと睨み付けてくる。
「んな事誰も言ってねぇだろ」
「ふんっだ、どうせ私なんてよく食べてよく寝てプクプクしてますよーーだ!」
 毎度ながら、そうやって怒った顔の方がよっぽどプクプクしてると思うのだが……そんな事を言った日には、手がつけられなくなるのも目に見えてるし、そんなのいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいいやだいっ!!! てな訳で、今回も大人な俺様が折れてやるしかないって事だナ。
「別に、お前はそれでいいんだよ。健康っぽく見えるし、俺だってその方が……」
「俺だって? ねえねえ、それどういう意味?」
 にやにやしたイリアの顔がぐいと近づいてくる。反射的に顔中がカッと熱くなって、逃げるように彼女から顔をそむけた。
「べ……別に大したことねぇって! ほら、行くぞ!!」
「あっ……ちょっと! わわっ……」
「って、いつまで俺の手握ってるつもりだよ?」
「へへ〜」
「あのなぁ」
「……嫌なんだ?」
「べ……別に嫌とか言うんじゃなくてだな、その……あれだ……だから……」
「だからぁ?」
「……勝手にしろ」
「じゃあ勝手にする」
 そう言いながら腕に掴まってくるイリア。その一瞬、甘い香りがふわっと漂ってくる。
「あったかいね」
「……まあな」
「へへっ」
「何だよ、いきなり?」
「だって嬉しいんだもんっ」
「…………」
「わわっ、シオンったら顔真っ赤」
「う……うるさいっ!! そんな事言うなら一人で先行っちゃうからな!!」
「や〜だもんっ」
 どうしてだろう、こいつといるといっつもペースを握られてしまう。それでも、それを心地よく思っている自分がいる。どうしてかは解らないけれど。イリアは女なのに……確かに近づかれると恥ずかしいけど、それは女に対する嫌悪感とは違う。正直に言うと、その気恥ずかしさを少しだけ期待している自分がいる。ザードが写真を見せてくれた時からずっと、イリアだけは俺の中で特別だった。
「……今日だけだからな」
 ジロッと睨みながら念を押しておいた。しかし、どうも顔がふやけて睨みになっていない気がする。そんな俺を見たイリアは、ますます楽しそうに身体をすり寄せてきた。
「嫌だって言ったら?」
「だ……駄目だだめだ!!」
「私泣いちゃうかもよ?」
「う……」
「私ーー」
「解ったよ!! 好きにしたらいいだろ!!」
「へへ〜〜そうこなくっちゃ!」
 そんなイリアを見ながら嬉しくなっていた。もっともっと笑って欲しいと思っていた。
 もしかしたら……幸せってこういう事かもしれない。
 ふと辺りを見回してみると、先ほどから降り始めていた雪が、大地にうっすらと化粧を施していた。

fin

n o t e
最後まで読んでいただきありがとうございました!当初はカイジェン版だけ載せるつもりだったのですが、それではシオイリ派の方に申し訳ないという事で、急遽書いたものです。故にベタな話なのは勘弁してください(^^;しかし今回は甘甘ですね〜vこれ位が個人的には好きです(笑)

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