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            | 「私の名前…何だと思います?」
 私は何時もそう尋ねる。
 ウリックだった時のコト、忘れるために。
 「…え…ねえ、フォルミナ。聞いてるの?」
 レムが私の目の前に飛び込んでくる。
 「うわっ!!なんだよレム、脅かさないでよ!!」
 私は思わず転んでしまいそうになった。
 目の前でひらひらと飛んでいるレムは頬を膨らませている。
 「もう!脅かさないで、じゃないでしょ。またボーっとして」
 あ…またぼーっとしてたんだ。
 自分でも気づかなかった。
 「またあの時のコト考えてるの?」
 レムの言葉は私の胸をえぐるような気がした。
 膝がカクカク震えて…私はその場に立つことさえ敵わなくなってしまった。
 「ちょっとフォルミナ!!大丈夫なの!?」
 心配したような面持ちでレムが近寄ってきた。
 「うん…ボクは大丈夫。でも…でも震えが止まらないんだ…」
 その台詞を言い終えた時、私ははっとした。
 また「ボク」って言ってる。
 ウリックだったときの記憶が頭の中に流れ込んでくる。
 「ごめん、私が変なこと言ったから」
 レムがこんなに悲しそうな顔してるの久しぶりに見た。
 こんな顔見たのオッツキイムに帰ってきたとき以来だった。
 僕達だけで帰ってきたあの時以来。
 「ううん、レムが悪いわけじゃない。ボクの…僕の心がまだ落ち着いてないだけだから、ン…何て言ったらいいか解らないけど」
 こんな事、シオンに言ったら「ばーか、言いたいコトは20字以内で簡潔にまとめろ!!」なんて言うんだろうな。
 気がついたらシオンのコト考えてた。
 忘れよう忘れようって思うんだけど…そうする度に心の奥に刻み付けられていくんだ、シオンのことが。
 「ねえ、フォルミナ。あなた疲れてるのよ。昨日だってほら、カイとか言う人が変なこといったから…」
 カイ――何故イリアを知っているの。
 もしかしてあったことがある?
 解らない、何も、何も解らない。
 「うん。レム、今日はもう休もうか。ちょっぴり疲れちゃった」
 僕達は村の宿屋に泊まった。
 空は紅に染まっていた。
 「はい、一泊ね。ここに名前を書いて頂戴」
 もうこの言葉を言うことが習慣になっていた。
 「何だと思います?」
 宿の女将は不思議そうな顔をして私を見つめた。
 「さあ、ティナかしら?」
 僕は軽く微笑んで見せた。
 儚げな微笑に見えたと思う。
 「あたり。よく解りましたね」
 僕はそう言うと宿帳に「ティナ」と書いた。
 「…ティナ、あのね」
 部屋の中に入るとレムが沈痛な表情を浮かべて話しかけてきた。
 「うん、何?」
 何となくレムの言いたいことがわかった。
 でもそれをレムは言いあぐねている。
 多分…僕を傷つけることを恐れてるんだ。
 こんなに優しいのに…僕は…
 「ううん、何でもないの。忘れて」
 レムはそう言うと作り笑いを浮かべた。
 鈍感な僕でもわかるような。
 そう言えばシオンに言われてたな、いつも。
 「鈍感!!」って。
 どうしてだろう。
 頭からシオンのことがはなれない。
 考えたくないのに…忘れたいのに…どうしてだろう。
 「レム、僕もう眠るよ。夕ご飯はいらないや」
 僕はそう言うとベッドの上に横たわった。
 「ねえ、食べなきゃ身体に毒よ。少しでもいいから…ね?」
 僕は首を横に振った。
 何も食べたくない。
 それより…シオンに逢いたい。
 そんな事を考えてるうちに僕は眠りの世界に墜ちて行った。
 
 「…い、おい、何時まで眠ってんだ。もう朝だゾ!!」
 聞き覚えのある声。
 誰…?
 「俺様が起きたんだ。お前達が起きるのは当然だ!!」
 この傲慢なしゃべり方…まさか…シオン?
 「シオン!!」
 ぼくはがばっと起きあがると声の主を見つめた。
 「何だよ、俺様の顔に何かついてるのか?」
 シオ…ン…
 何で、何でここにいるの?
 「おい、レム。早く起きるんだ」
 この声、この顔、シオンに間違い無い。
 でもシオンは・・シオンは異世界で……
 「んもう、何よシオン。あんたが起きたって私達まで起こすこと無いでしょ!!まだ暗いじゃない」
 僕は大きく息を吸ってからもう一度シオンを見た。
 「どうした、ウリック。何か変な物くったのか?」
 でもいい。
 シオンにもう一度逢えたなら…
 「んなわけないだろ。シオンじゃないんだから」
 久しぶりに僕は笑った。
 いままで…ずっと耐えてたから。
 シオンがいないことに。
 「このぉ言ったな!!」
 シオンが僕のほっぺたをつねりながら言った。
 でもその顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
 この笑みを見たの…何時振りだろう?
 イビスに行く前以来?
 でも僕は嬉しかった。
 もう一度シオンに逢えたのだから。
 
 それから僕達はアドビスの城下町を歩いてまわった。
 色んなお店にも行ったしザード兄さんの神殿にも行った。
 何度行ってもキモチのいい物じゃないけど。
 そして少し歩いた後、僕達は少し開けた丘の上に来ていた。
 「この丘、気持ちいいだろ。西からちょうどいい風が吹いてくるんだぜ」
 優しい風が頬をなでた。
 くすぐるようなその風に思わず笑ってしまう。
 「なあ、ウリック」
 めずらしくシオンが真剣そうな顔をして僕を見ていた。
 「何、シオン?」
 その時、風が止まったような気がした。
 「少しの間…お別れだ……」
 聞き間違いだと思った。
 きっと…きっと風の音で聞き間違えたんだって。
 でも解ってたんだ。
 風なんて吹いてないって。
 「俺は行かなきゃいけない。でも…ウリック。約束する。いつかきっとお前のトコロに行くから。全部終わったら、絶対会いに行くから。だから…待っていてくれ」
 シオンはそう言うと黙ったままで歩いていった。
 「ねえ、まってよ。シオン!!」
 僕は必死になってシオンを追おうとした。
 でも駄目だった。
 体が全然動かなかった。
 「ねえ、シオン…シオ……」
 
 「ウリック、ねえウリック、大丈夫?」
 目を覚ました時、目の前にはレムがいた。
 「あ…レム。どうしたの?」
 レムはほっとした表情で胸をなでおろしていた。
 「すごくうなされてたんだから。大丈夫なの?」
 レムにそう言われて僕はさっきの夢のことを思い出した。
 「うん、大丈夫。心配しないで」
 不思議なくらい僕のココロは落ち着いてた。
 だってシオンに逢えたのだから。
 シオンは「絶対会いに行く」って言ってくれたから。
 僕は信じるよ。
 シオンのこと。
 「ごめんね、レム。何時も心配掛けて」
 僕はそう言うと舌をぺロっと出して見せた。
 レムは僕のそんな姿を見て安心したらしく自分のベッドに戻っていった。
 『おやすみシオン……待ってるから…きっと……』
 ぼくは胸の奥にいるシオンにそう呟いた。
 
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            | fin
 
 
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