sion side///
『これからもすばらしい時間をーー』
再び彼女と旅を続けられるなんて思いもしなかった。全てが終わろうとしていたあの刻に考えていた事と言えば、ただ、彼女とレムさえ生き残ってくれれば良
いという事。そして、俺を失ったとして、彼女達がそれに囚われる事無く、幸せな毎日を送ってくれるよう。だから、彼女と共に過ごす事のできる一瞬一瞬が、
俺にとって掛け替えのない、まさに素晴らしいものであったのだ。
彼女と再会を果たしてからどれくらいの刻が経っただろう。あれからアドビスの地を訪れ、ミトや家族と会って、父を喪い、カイやジェンドと出会い、共にアドビスを崩壊の危機から救い、そして再び彼女と旅を始めた。
彼女がいて、俺がいてーーそれだけは変わらない筈なのに、何かが少しずつ変わってきている。常に隣を歩く彼女は、かつてのような男言葉は使わなくなった
し、表情もとても穏やかになってきていた。元気がなくなってしまった……という訳ではないけれど、あの頃の無鉄砲さはなりを潜めて、随分大人しく、女らし
くなったと思う。もちろん、かつての面影はあるのだけれど、不意にそうでない彼女に気付く度、俺はハッとして、胸に何か熱いものを感じてしまう。
あの時のままの俺と、変わりゆく彼女。どこかに置いて行かれるのではないかという不安を感じながら、俺は今も旅を続けている。
「わぁ……凄いね!!」
いきなり飛び込んできた景色を見るなり、彼女は目をまん丸にして声を漏らした。無理もない。海の上に浮かぶ街などそうそう見れるものではないのだから。
エメラルドブルーの海の上には、申し訳程度に木の土台があって、その上には荘厳な雰囲気の建物が、幾重にもわたって並んでいる。橋などは主要な建物同士を
結ぶためのものであって、主としてゴンドラが移動手段として用いられているのだ。
とはいいつつ、実は俺自身も実際に見るのは初めてだったりするのだけれど。そうは言わずに、いつも通り講釈をたれ始める。
「水上都市エリアス。文字通り水の上に浮かんだ街って訳だな。陸とも繋がって無いし、橋だって殆どないだろ? だから、どっかに行こうと思ったらゴンドラを使うんだ」
本で読んだだけの知識を物知りげに語る俺様。我ながら格好いいことこの上ない。イリアの奴も感心したような顔つきで俺を見てるな。うんうん、それで良い。
「へ〜〜! やっぱりシオンは物知りだね!!」
「ふふふ。そうだろう、そうだろう。もっと褒めてもいいゾ」
右手で顎をさすりながら得意げに俺。お山の大将になったような感じがして何ともいえず気持ちいい。
「凄いすごい! ところで、これってどうやって浮かんでるのかな? 船の上に乗ってるわけでもないんだよね?」
「…………」
「ん? ん? どうしたの??」
「………………おっ、ゴンドラが来たな」
「え?」
「さあ、イリア。さっさと乗り込むぞ」
イリアを置いて一人歩き始める。何となくバツが悪かったからだ。「知らない」と言えば良いのに、それを認めるのは何となく口惜しかった。
「あ、ちょっとシオンったら!」
ゴンドラに乗り込もうとする俺の服をイリアが掴む。不意にバランスを崩して、ヤバいと思った瞬間には時既に遅し。抗う暇もなく、俺は海にダイブしていた。
「びっくりしたぜ。あんた、いきなり海に飛び込むんだから。てっきり俺の船に乗るもんだと思ってたのに」
「あ、いや、そうじゃないんです。ね……あの、ごめんね? シオン」
「……ったく、お前ってヤツは」
「その年で自殺なんて無いだろうよ。こんな素敵な彼氏さん残してさ」
「え? え? 彼氏って、あの、私……」
「おい」
「何思い悩んでたか知らねぇけどな、人間、死んだらお終いだぜ?」
「あのなぁ……」
「ん? どうした」
「言っとくが、俺は自殺しようとした訳じゃないし、それに女でもねーよ」
「へ……男!?」
「あっ、馬鹿! 船を揺らすな!!」
「お……おっと、すまねぇ。つい手元が狂っちまった」
「全く……」
「という事は、その隣にいるのはお嬢さんかい?」
「当たり前だ。こいつがどうやったら男に見えるんだ」
呆れながら呟く俺。当のイリアは、ポカンと口を開けて、呆気にとられたように固まってしまっていた。
船頭はと言えば、ちょっぴりバツが悪そうな、それでいて悪びれた風もない顔をして、ポリポリと頭をかいている。全く、何を考えているのやら。
改めて見てみると、この船頭、もしかしたら俺たちよりも年下なのかもしれない。健康そうな小麦色の肌をして、下には丈の短い麻のズボンを、上にはボロボ
ロになった粗末な上着を纏っている。それを感じさせない程、その顔に浮かんだ表情は無邪気そのものだったけれど。どう見ても悪ヤツには見えないので、それ
以上怒る気はいつの間に失せてしまっていた。
「ところで、これからどこに行くんだい?」
「どこか適当な宿に連れてってくれ。しばらくここにいる予定だからな」
「予算は?」
「安くあがったに越したことはない」
「それじゃ、良いトコ知ってるから連れてってやるよ」
「ああ、よろしく頼む。」
「ふふっ、どんな所か楽しみだね」
嬉しそうにイリアが言う。無邪気な笑みを浮かべて、きっと晩飯の事でも考えているのだろう。
「何考えてるか当ててやろうか」
「シオンには解らないよーだ」
「晩飯」
「ふぇ…」
「バンメシ」
「あ、はは……正解」
「そればっかじゃねぇか」
「むぅ。いいじゃないか。シオンだって楽しみなクセに」
「まあ、少しはな」
「ほら見ろ」
「だけど、お前ほど食い意地は張ってねーぞ」
「あーーそんな事言って酷いんだ!」
「ははっ、お似合いだねぇ」
不意に船頭が口を挟んでくる。その存在を思い出したのか、イリアはあっという間に頬を朱に染め、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「そ、そんなんじゃないですから!」
「ははっ、ムキになるなって。まだまだ若いんだからいいじゃねぇか」
「若いって、お前だって大して変わらないだろうが」
「まあ、それには違いないけどな。俺は万年独り身。体も懐も寂しいって、これさね」
別れ際に、彼はこの街の事について、思い出したかのように話し始めた。
水上都市エリアスーーこの街を取り囲む水は、徐々にその水位を上げつつあるそうだ。既に低地にある家は水没し、その水は、この街を少しずつ飲み込もうとしている。
離れるつもりはないのか。そう訊ねた時、彼は無邪気な笑みを浮かべて「いいや」と答えた。たとえどうなったとしても、自分はここから離れるつもりはない
し、皆もそうはしないだろうと、彼はそう言った。何故だと問いかけた時に船は宿に着いて、彼はヴァンと名乗り、そして何かあったら自分を呼ぶようにと告げ
て去っていった。 |
to be continued...
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