necrosis vol.5

 何が気まずかったかなんて、私も彼も、きっと解ってなどいなかったろう。
 互いに素直になれなかったせいか、それとも、薄暗い部屋で二人きりになったせいか。色々と想いを巡らせてみるが、当然の事ながら、答えなど出てくるわけがなかった。
 頭<かぶり>を振って、「馬鹿な事を…」と自分を一喝する。早く手当をしなければならない。何と言っても、彼は、シオンは私を助ける為に怪我をしたのだから。
 溜息を噛み殺して、ベッドの上に座るシオンへと視線を落とす。
 思い切り胸ぐらを掴まれたような感覚に襲われたのだ。
 窓から漏れ入った月明かりは、黄金色に輝く彼の髪を淡く染め、光に彩られた顔はいつもより幼く見えた。
「あ……」
 声を漏らした瞬間に「まずい」と思ったのだ。
 今抱きつつあるこの感覚を、「ときめき」等といった言葉で片付けられる筈がなかった。そのように可愛らしいものではなく、身体の内側から染み出るような、もっと動物的な感情。野蛮な、私を私で無くしてしまうような感情だ。
「上着」
 他意など無かったはずだ。私は彼の手当をしようとしていたのだ。上着を着ていたら邪魔になるから、だから脱がそうとしているだけで、それ以上の何かを求めてはいない。多分、そうだと思う。
 一方の彼は、返事ともつかない声を漏らして、胸元のボタンをゆっくりと外しにかかった。
 一つ、二つと、ぎこちなく動く指がボタンを弾いていく。その度に露わになる彼の素肌。吃驚するほど白くて、とても綺麗だった。その様子を食い入るように見つめる反面、自分の視線に混じった獣のような激情に気付く度に、私はわざとらしく顔を背けた。身体の奥底で疼くこの感情を彼に知って欲しいと思う反面、絶対に知られてはならないとも思ったのだ。
 私が葛藤している間に、彼はボタンを外し終わったのだろう。ぎこちない動きで上着を脱ぎ捨てると、「ほら」と左腕を差し出してきた。
 ほっそりとした腕には赤い筋が浮き上がっている。薄闇の所為で、傷の程度は判然としない。もしかしたら、手当が必要な程ではないのかもしれない。だけれど、この気まずさを埋める為に、何かしなければならないと思った。
「ちょっと見せてね」
 彼の腕をそっと手に取り、自分の方へと引き寄せる。
 またしても「まずい」と思った。指先がカタカタと震えだして、今度こそは、彼も気付かぬ筈がなかったのだ。
 振り払うようにして彼に背を向ける私。
「水……取ってくるから」
 それだけ言い残して歩き出そうとする。
 だけれど、それは叶わなかった。彼の細い指が、私の太い手首をギュッと掴んでいたのだ。
「いいから」
 妙に落ち着き払った、いつもよりも低い声だった。男らしい、という言葉がぴったり当てはまるような声。ぴんと張りつめた空気が震えた瞬間、背筋を快感に似た感覚が突き抜けていった。
「あ……うん」
 それ以外に返す言葉を見つけられなかった。彼は腕をつかんだままで、一方の私は、窮屈な体勢で彼の方へと振り返ってみる。
 翡翠色の瞳は、真っ直ぐ私を見つめていた。瞳の奥に宿っていたのは、抗う事を許さぬ動物的な強さか、それとも、何かを懇願する子供のような幼さか。いずれにせよ、私が今までに見た事もないシオンが目の前にいたのは確かだ。
「イリア」
 私の腕を掴んだ指に力が入る。少し痛かったけれど、私は何も言わず、ただただ彼の瞳を見つめていた。答えを、私が出すわけにはいかない。女としての自覚がそれだけは許さなかった。
 そんな私の視線に堪えかねたのだろうか。彼は苦悶に満ちた声を漏らすと、床に視線を落としてしまった。
「ええと……あの、あれだ」
 歯切れの悪い言葉を二、三言吐き捨てて立ち上がる彼。気まずそうに顔を横や下に向けてから、ようやく私の顔をじっと見つめてみせた。
 視線と視線が絡まり合う。嫌な感じではなかったけれど、どこか胸の辺りでモヤモヤとしたモノが膨れあがっていって、堪らなくなった私は視線を逸らしてしまった。
 それを合図としたのだろうか。ほっそりとした指が私の頬に触れて、ぞっとするくらい優しく、私の耳をなぞっていった。ぞわっとする感覚に思わず身震いしてしまう。
「ダメだって……シオ」
 ふっくらとした舌先が首筋に触れて、その途端に、喉元まで出かかった彼の名前をゴクリと飲み込んでしまう。
「うぁ……」
 代わりに出てきたのは、呆れてしまうくらい情けない声だった。
「やだ……やだやだやだっ! だめって……だから……こんな私……見ちゃ……」
 必死になって懇願する口を、彼の唇が押さえつけていた。啄むような口づけを繰り返しながら、やがて、柔らかい舌がゆっくりと口の中へと入ってくる。恥ずかしいとか気持ちいいとか言う感情がごっちゃになりながら、私は逃げるように舌を動かしていた。その間にも、彼の手は器用に私の服のボタンを外していく。一つ、また一つと外れていくたび、冷たい空気はなめまわすように肌へと絡まりついてくる。おへそからみぞおち、胸の谷間、それから首筋。ボタンがはずれただけで、こうも恥ずかしいものかと心から思った。なのに、私の身体の奥深い所からは次々と蜜が溢れだしてくる。自分でも解るほどにーー我ながら、いつからこんな身体になってしまったのかと思うくらいだ。
 そうこうしているうちに、彼の手が服の中へと入ってきた。脇腹の辺りをさするようにして、ゆっくりとあがっていく彼の手。それが胸の突起に触れた瞬間、私の身体はびくんと弓なりにのけぞっていた。

to be continued...

n o t e
最後まで読んで頂きありがとうございました。
久々の更新となりましたが、いかがでしたでしょうか?信じられないほどスローペースに書いてますが、まあ無理のない程度に、楽しみながらいきたいと思います。
前にイリアとシオンの初体験シーンを書いた時に「イリアが受けの方が良かった!」というご要望を頂きましたので、今回はそのように書いてみました(笑)童顔シオンもいいですね〜

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