Est-ce que je suis rempli avec douleur?


p   a   i   n

 港町特有の塩気を孕んだ空気が纏わりついてくる。
 時刻は深夜一時を回った頃だろうか。少し離れた酒場から漏れる歓喜の声以外は風と波の音しか聞えてこない。遥か頭上では蒼白い月が冴え冴えと輝き、慰み程度にたてられた松明と共に闇に沈んだ世界を照らしていた。
「ふぅ…………」
 明かりの消えた民家の壁に体を預けながら溜息を漏らす。
 まだ抜けきれていない酒が微かに身体をめぐっていた。少し酔いがさめた頃に感じる軽い倦怠感――これだけは未だ好きになれない。しかし、今感じている気だるさはそれだけが原因ではなかった。むしろ酔いが覚めると共に忘れかけていた感覚が蘇ってきた、と言っても良いだろう。
 始まりは数日前の事だった。"ついに"と言うべきか"とうとう"というべきか、兎も角も全ては十六夜の姉が見つかった事に端を発する。元々俺達は十六夜の家族を探す為に一緒に旅をしてきたのだ。そうでなければ幼い十六夜を連れて危険な旅に出たりはしないし、現に死を思い起こさせるような危険な目にも何度かあってきた。だからこの旅の目的が達成された今、それを喜ぶのは当然の事だろう。しかしいざ十六夜と別れるとなると、俺達の胸中は複雑だった。そして多分、俺とジェンドが抱いていた感情は互いに異なっていたのだと思う。きっと・・・・・・そうに違いなかった。
 俺は十六夜と別れた瞬間を今でもはっきりと覚えている。ジェンドはずっと十六夜の姉を見つめていた。十六夜が呼びかけた時にだけ口元に微笑を浮かべるだけで、後は十六夜の姉ばかり見つめていたのだ。その瞳は平生の燃え盛るような赤ではなく、すっかりと生気を失ったくすんだ色をしていた。
 彼女が十六夜に対してどのような感情を抱いていたのか、正直な所俺にはよく解らない。ただ一つ言えるとすれば、それは限りなく好意的な感情に違いないと言う事。別れ際にみせた彼女の表情<カオ>を見て確信した。そしてもう一つだけ付け加えるのであれば……その瞳は決して俺に向けられる類の物ではないという事だ。
「……やめよう」
 生まれつつあった嫉妬とも苛立ちとも取れない感情を隠すように吐き捨てると、俺は海岸へと向かって歩き出した。夜の海は感傷的な気分を少しでも癒してくれるだろうと、そう思った。

 少し迷いながら、結局海岸に出る道を見つけるのに十分以上かかってしまった。
 この町は開拓者達によって無計画に拡張された雑然とした居住区に過ぎない。アドビスのような整然とした造りであれば迷う事など無いのだ。その様な醜い言い訳が頭の中をぐるぐると回っている。何かにつけて言い訳がましいのは男として情けないことだとは思うが、そうでもしなければ……自分がどうしようもない男に思えて仕方が無かったのだ。今の俺は特に。
 宵闇に染まった海の中で、波は耳に心地よい音を立てながらその身に虚ろな月を映し出していた。水鏡に映し出された月は触れただけで消え去ってしまう儚い存在--それはまるで十六夜のように思えた。
 蒼白い光は水面で揺らめきながら、生まれては消えて行く波の中で刻々と姿を変えていく。あるいは、この世で移ろわないものなど無いのだと暗示しているのだろうか。
 俺は右手で髪を掻き揚げると、当たりをぐるりと見回した。そこには仄暗い闇に覆われた静かな世界が広がっていた。人間の支配から解き放たれた静物達が囁きあう神秘的な世界だ。
 その中に見覚えのある影を見つけて足を止める。
「・・・・・・ジェンド」
 俺の瞳は砂浜にポツリと座るダークエルフの姿を映し出していた。
 色彩を欠いた世界の中で、彼女の深紅に染まった髪は風に舞い上がり、鈍い光沢を纏っていた。
 海を見つめていたその顔をはっきりと見る事は出来ないけれど、おおよそどのような表情をしているかは想像がついた。憂いと悲しみを映し出したその瞳で水面に浮かぶ月を眺めているに違いなかったのだ。
「ジェンド」
 徐々に距離を狭めて行きながら、先程よりも大きな声で彼女の名を呼んだ。
 少し遅れて、常からは想像もつかないほど小さく見える背中が微かに震える。
「まだ……起きていたのか」
 彼女は気だるそうに顔をあげると、今にも風にかき消されてしまいそうなか細い声でそう呟いた。そしてそれっきり口をつぐんでしまうと再び黒い海へと視線を落とした。
 俺には彼女の行動の一つ一つに拒絶の意志が含まれているように思えた。そう、彼女は全てを覆い隠してしまうようなこの闇と性質を一にしていたのだ。だが俺としてもそれに応じるつもりは無かった。思いがけない喪失によって--何時の間にか十六夜といるのが当たり前になっていたのだから--彼女が傷ついていたのは明らかだったし、何より必要とされているのだと思いたかったのだ。俺は一つの決意を胸に、威圧するような足音を立てながら拒絶された領域へと足を踏み入れて行った。
「どうしたんだ?こんな時間にさ」
 出きる限り抑揚を押さえて、囁くように声をかけたつもりだった。この静けさの中でそれが一番相応しいように思えたし、彼女を刺激したくも無かったからだ。
 しかし思惑通りにはいかなかった。彼女は再び肩を震わせると、ぎこちない動きで曲げた膝に顔を埋めてしまった。
「話したくなかったら別に……」
「……どうしようと私の勝手だ。貴様の知った事か」
 低く擦れた声が空気を震わせる。そこには先程よりも強い、明確な拒絶の意志を感じ取る事が出来た。今まで旅をしてきた中で何度も聞いてきた言葉の筈だ。だけど、今回の一撃はそのどれよりも重く、ズドンと心の奥底まで響いてきた。
「そう……だったな」
 抑揚の無い声で呟きながら静かに頭を垂れる。ここまであっさりと拒絶されて返す言葉も無かった、と言うのが正直な所だ。本当は俺の事を男として頼りにしてくれているのではないか、俺が手を差し出すのを待っているのではないか――そんな幻想は砂で出来た城の如く脆くも崩れ去っていった。
 自分の一言が一人の男を深い絶望の淵にまで突き落とした事など知る由も無かったろう。顔を上げて俺を睨みつけた彼女は、忌々しげに唇を歪めてみせた。
「解ってるならいちいち訊くな。全く……お前といるとイライラする」
 彼女の言葉を聞きながら、俺の中で大切な何かが壊れたような気がした。それは理性だったかもしれないし、彼女に対する本能的な感情であったのかもしれない。
 いや……本当の所はずっと前から始まっていたのかもしれない。彼女に拒絶される度に俺の中で何かが変わっていったんだ。どんなに些細な事でも、不安や苛立ちという形で俺に圧し掛かってきた。
「・・・・・・そんな言い方無いだろ」
 彼女との距離を詰めると、辛うじて感情を押し殺しながら口を開いた。自分でも驚く程感情のこもっていない乾いた言葉だった。だがそこには確かに彼女に対する怒りと、そして薄っぺらい理性に押さえ込まれた衝動とが渦巻いていた。
 先程とは違う雰囲気に気付いたのか、彼女は訝しげな表情を浮かべながらゆっくりと顔を上げた。そして俺の顔を見るなり、挑発するかのように唇を歪めてみせた。
「ふんっ……貴様らはいつもそうだ。いつも私の側をチョロチョロうろつき回って余計なお節介ばかり――」
「うるさい!!」
 気がつくと彼女のか細い腕を掴んで乱暴に引き上げていた。
 突然の事に驚いたらしい彼女は足元をふら付かせながら俺の方へと倒れ込んでくる。しかし多くの修羅場を切り抜けてきた彼女だけの事はある。即座に体勢を立て直すと、腕を振り動かして俺から逃れようとした。だが男の力には敵わないと判断したのだろうか。攻撃的な目で俺を睨みつけると、勢いよく体当たりしてきた。
 鈍い音と共に地面へと叩きつけられ、その上に彼女が圧し掛かってくる。犬歯を剥き出しにしながら唸り声を上げる彼女の姿はまるで獣のように見えた。
「どう言うつもりだ!二度とこんなふざけた真似をして見ろ、ただじゃ済まさないぞ!!」
「ふざけた真似だと!? 俺はお前の事を心配して……十六夜と別れて寂しそうだったから」
「寂しい? 私が? ハッ、あんなガキと別れられてこっちはセイセイしてるんだよ!!」
「そうかよ! だったら何であんな目をしていた!?」
「目だと? 貴様一体何を言ってる!」
「十六夜と別れる時、お前はずっとアイツの姉さんばかり見てたよな。魂が抜けたみたいなぼんやりとした目でさ」
「馬鹿な事を……」
「一体どういう気持ちだったんだ?邪魔者と別れたらお前はあんな表情<カオ>するのかよ?」
「……まれ」
「違うよな。自分以外の女に十六夜とられて、何もできずに呆然と突っ立って……アイツの母親にでもなった気でいたのか?」
「黙れ!」
「ふんっ、だとしたら哀れだよな。あれだけ懐いてたのに--」
「黙れって言ってるだろうが!!!!」
 言うが早いか、腰に刺していた長剣を引き抜いた彼女は刃を下に向けたまま頭上まで引き上げた。そして恐怖を感じる隙すら与えずに剣が振り落とされる。
 ザッと砂を切る音と共に頬に鋭い痛みが走った。後を追うようにして生暖かい液体が零れ落ちる。それが自らの血であるという事を理解するのにさほど時間はかからなかった。
 俺は月明かりに照らされて艶かしい光を帯びた刃に一瞥をくれると、再び彼女に視線を戻した。彼女は剣の柄を握り締めたまま小刻みに震えていた。
「これ以上一言でも喋ってみろ……その首を切り落としてやる」
 もはや剣を振り上げる力すら残っていない事は誰の目にも明らかだった。
 今まで見た事もないジェンドが目の前にいる。身体だけじゃない、心さえも無防備なジェンドがそこにいる。その様な事を考えながら、心の奥底から背徳的な衝動が沸き起こってくるのを禁じ得なかった。
 俺は柄を握ったまま強張った彼女の手を片手で引き剥がすと、そのまま横倒しにして彼女の上に覆い被さった。そして両手を肩の上に置いて地面に押さえつける。
「やってみろよ。今すぐ俺を振り解いて剣を取れよ。お前なら簡単だろ?」
 彼女は何の返事もしなかった。ただ、今まで見せた事も無い怯えた眼差しで俺を凝視しているだけだった。
「……出会った頃のお前はその赤い瞳をギラつかせて、内に溜まった激情を剥き出しにしてた。でも俺達と旅をしていくうちにだんだんと穏やかな瞳になっていったんだ。本当によかったと思った。ようやく心を開いてくれて、一緒の仲間になれたんだって思ったんだ。でも違った。お前が心を開いていたのは十六夜だけだったし、俺の事なんかこれっぽっちも見てなかったんだ。いつも十六夜十六夜って、俺がどんな気持ちだったかなんて知らないだろう?お前のそんな目を見る度、嫉妬で狂いそうだった。存在を否定された気がしてたまらなかった。そんな事……全然知らなかったよな?」
 蒼白い月明かりに照らされ、彼女の瞳は様々な色を帯びていた。恐怖、絶望、哀れみ、軽蔑……あらゆる陰鬱な感情が俺に向けられていたのだ。
「そんな目で俺を見るな!!!!」
 反射的に身体を震わせた彼女は視線をさ迷わせると、最後の抵抗だと言わんばかりに顔を背けてみせた。仄暗い闇の中に土気色の肌が浮かび上がり、獣のように尖った犬歯は唇に食い込んでいる。俺はそんな彼女の顎を掴むと、強引に自分の方へと顔を向けさせた。
 薄暗い闇の中で互いの視線が絡まり合う。飲み込まれてしまいそうなほど透き通った紅蓮の瞳を見つめながら、まるで刻が止まったかのような感覚に襲われていた。頭の芯がぼぅっとして、異様なまでに身体が火照っている。力ずくでもジェンドの中に入りたい。その瞳に俺だけを映させたい。この時の俺は本気でそう思っていた。
 その瞬間、再び攻撃的な目に戻った彼女は俺を睨みつけると思いきり肩を持ち上げてきた。思わずバランスを崩しかけたが、何とか体勢を立て直した俺は力任せに彼女を押さえつけた。
 これには彼女も驚いたのだろう。無防備な声を漏らしたかと思うとそのまま目を閉じてしまった。そんな姿に些かの興奮を覚えながら、今度こそ暴れられないように曲げていた足の片方を彼女の下にもぐりこませる。そして身体を押さえ込むようにして覆い被さると、強引に唇を奪った。
 互いの歯と歯がぶつかり合い、微かな鉛の味が口の中に広がる。俺は歯の隙間から舌をねじ込むと、乱暴に彼女のそれと絡ませてやった。
 彼女の唇から漏れる嗚咽とも吐息ともとれぬ声、そして忌諱を犯しているのだという興奮が身体中を駆け巡り、既に本能を押さえつける理性など欠片も残ってはいなかった。
 俺は上体を上げると彼女を再び地面に押さえつけた。もはや抵抗する意思も無いのか、彼女は横たわったまま微動だにしない。ただ顔を横に向けて視線をあわせまいとしているようだった。
 そんな彼女の胸元を乱暴に掴むと、思いきり引っ張ってボタンを引き千切った。ブチブチという小気味良い音をたてながらボタンが飛び散り、彼女の形の良い胸が露になる。決して大きいとは言えないものの、片手で掴む事が出来るくらいのちょうどいい大きさだ。ツンと上を向いた双丘を弄りながら首筋に唇を這わせる。突き出した舌が肌に触れた瞬間、彼女の身体がピクンと震えた。
「ん……あ…………」
 紛れも無く女としての声だった。それを聞いた瞬間、胸の辺りがザワっとして一気に精神が昂ぶっていくのがわかった。心臓の音が聞こえるくらい鼓動が激しくなって、一気に下半身へと血が集まっていく。
 窮屈になった下半身を開放しようとズボンに手を伸ばすが、指が震えてうまい具合にボタンを外す事が出来ない。ただカチャカチャとベルトの金具がこすれあう音がするだけだ。
 焦ればあせるほどうまくいかずに、でもそんな自分を見せるのが嫌だったから益体もない手で胸倉を掴むと、乱暴にボタンを引き千切って前をはだけさせた。そして身体を上げた瞬間、初めて彼女の顔を見た。
 彼女は下唇を噛み締めながら必死に声を押さえているようだった。虚ろな瞳は虚空を捉え、口元の筋肉がピクピクと震えている。
「そんなに俺の事が嫌いかよ!!」
 そう叫んだ瞬間、彼女の身体が再び震えた。だがそんな姿に構うことなく彼女の下半身に手を伸ばす。そしてベルト代わりの紐を解くと、一気に脱がしにかかった。大き目の物を穿いていたのがあだとなったか、あっという間に膝の辺りまでが露になる。それでも彼女が抵抗しないのを確認すると今度は自分のズボンに手を回した。まだ指は震えていたが、ぎこちない動きでボタンを外しながら充血して膨れ上がった一物を取り出してやる。そして間髪を置かずに彼女のズボンを剥ぎ取ると、指の感触で秘所を探り当てながら擦るようにして押し当ててやった。しかし何度押し込もうとしてもうまくいかない。
「くそっ……何でだっ……何で入んねぇんだよ!!!」
 しかし焦ればあせるほどヌルヌルした壁にはねのけられてしまう。
「はぁっ……はぁっ……ん……畜生!!!」
 焦りと緊張の中、身体中がガクガクと震えて止まらなかった。
 そんな俺の首筋に彼女の細長い指が触れる。その瞬間、背筋が凍りつくような感触に襲われて身体が固まってしまった。虚ろな瞳の彼女は、唇を微かに開けたまま俺の首筋から頬までを幾度か撫でてみせた。そして思い出したかのように顔を引き寄せると、俺の唇を貪ってきた。
 もう何も考える事が出来なくなっていた俺は彼女の為すがままに任せ、地面に横たわっている事しか出来なかった。彼女はまるで人形を弄ぶかのように俺の身体を愛撫し、そして唇を這わせた。
「ん……は……はぁ……はぁ…………んく……」
 いくらか頬を高潮させながら、彼女の行為は少しずつエスカレートしていく。触れる程度の愛撫から激しく爪をたてるまで、上半身から下半身へと。そしてついに彼女の指は俺の一物に触れていた。指の腹で執拗なまでに愛撫した後に舌を這わせる。生暖かいザラザラとした感触が纏わりつき、あっという間に絶頂に達しそうになる。それを何とか我慢しようと、思いきり拳を握り締めて掌に爪をつきたてていた。
 不意に口腔の生暖かい感触から開放される。恐る恐る目を開けると、そこには俺の上へと馬乗りになろうとする彼女の姿があった。片方の手は地面について体を支えながら、もう片方は一物を秘所に導いている。そして生暖かい粘膜に触れたと思った瞬間、彼女は俺の腹に両手を乗せてストンと身体を落としてきた。
「う……あ……」
 彼女の唇から苦悶の声が漏れる。
 視線を下に落とすと、結合部から赤黒い液体が流れ落ちていた。
「お前……」
 身体中から一気に血の気が引いていくような気がした。それまで快楽に支配されていた思考が一瞬の間に冴え渡って、この凄惨な現実をまざまざと知覚していた。
 そんな俺とは対照的に、口元に妖しい笑みを浮かべた彼女は生々しい傷跡を曝け出しながらゆっくりと腰を動かし始める。
 自分が如何に人の道を外れた行為に及んでいるかなど解っている筈なのに、身体は正直に反応していた。彼女を押し倒す力があったのだ、無理やりにでも抜こうとすれば出来た筈だ。それでも、頭の中で考えている事とは裏腹に身体は少しも動こうとはしなかった。彼女の中を蹂躙する度に快楽が襲ってくる。激しい後悔と同じだけの悦びが思考を縛り付けて行く。そして彼女の一番深い部分に達した瞬間、俺はどす黒い欲望をぶちまけていた。
 
「ジェンド……俺……」
 言葉を遮るように唇を押し付けてくるジェンド。互いの口腔内でザラザラとした舌が絡まりあい、思考をとろけさせていく。それでも、わずかに残った理性は傷みをもって快楽に溺れる事を踏み止まらせていた。
 不意に顔を上げた彼女は十六夜の姉に見せたような瞳を俺に向けていた。
 そして唇に歪んだ笑みを浮かべながらこう呟いたのだ。


「人間は……無くした何かを満たす為に……こうするんだろ」

 ココロが、ずきんと痛んだ。