love letter vol.2

 服を着替えて戻ってくると、彼女はベッドの上に横たわって、天井をじっと見つめていた。今度は布団を胸の辺りまで掛けて、その上に両腕を投げ出している。シーツが真っ白なせいか、褐色の肌は微かに黄みを帯びて、どこなく血色が悪いように見えた。俺は自分の手を何度か揉んで温かくすると、彼女の掌にそっと触れてやった。
「こんなに冷たくして……暖かくしてなきゃダメだろ?」
 そう、彼女の手は氷のように冷たかったのだ。触れているだけで俺の体温をも奪ってしまう程に。昔から体温が高い方ではなかったけれど、寝込んでからは更に酷くなったように思う。そんな彼女に触れていると、このまま冷たくなってしまうのではないかと怖くてたまらなくなる。だから、何をしてでも暖めてやろうと、いつもさすったり抱きしめたりしてしまう。はじめの頃は「そんな事しても無駄だ」とか何とか言っていた彼女だったけれど、最近ではめっきり何も言わなくなってしまった。きっと何を言っても無駄だと、そううんざりしているのだろう。それは解っていたけれど、俺にはどうしてもやめる事が出来なかった。己の恐怖を取り除く為に。彼女に何かしてやれていると思う為に。彼女の為に始めたはずの事が、いつの間にか自分の為の事に変わりつつあった。
「……説教はもういい」
 そう言ってプイッと顔を背けてしまう彼女。「しまった」と思った俺は、一瞬ほど手の動きを止めて、それから彼女の両の手をギュッと握りしめた。
「ごめんな」
 それ以上の言葉を見つけられなかったというのもある。だけれど、その言葉の真意は、何もしてやれない俺自身の内にこそあったのだ。
 日々弱っていく彼女を目の当たりにして、俺には何もしてやる事が出来ない。それがたまらなく悔しくて、情けなかった。
 否応にも俺の様子に気づかされたのだろう。彼女はゆっくりとこちらに顔をむけると、その大きな目でじっと俺の顔を見つめてきた。
 こんなにも弱っているというのに、その瞳には未だ強い光が宿っていて、それを見た俺はハッとしてしまったのだ。
「怒ったわけじゃないから、いちいち謝らなくていい。だって、私の事を心配してくれているのに……どうして怒ったりするんだ?」
 思わず彼女から顔を背けてしまう。それ以上見つめていたら泣いてしまうかと思った。そんな情けない姿を見られたくはなかったのだ。少なくとも、今の彼女にだけは。
「窓の外を見ながら、お前が帰ってくるのを待ってたんだ。でも、いかにも待ってる風に思われたら恥ずかしかったから」
 思わず目頭が熱くなってしまう。声を出したらバレそうだったから、俺は短く「ああ」とだけ答えてみせた。だけれど、彼女にはお見通しだったらしい。「泣いてるのか?」なんて何の気なしに尋ねてくる。普通に振る舞ってたつもりだったんだけどな。
「んなわけないだろ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないって」
「ふーん。まあいいけどな。それより、布団入ったらどうだ? そのままだと寒いだろ」
「ああ……そうだな」
 漠然と「そうして欲しいんだな」と思って、彼女の手をポンポンと叩くと、俺は布団の中へ潜り込んでいった。
 彼女の方に身体を向けて、もう一度両手を握りしめてやる。何となくさっきより冷たくなったような気がする。布団が暖かいせいだろうか。
 何とか出来ないものかと考えて、その手を自分の胸にギュッと押しつけてみた。不意に彼女の口元が緩んで、感情をうかがわせない顔に笑顔がこぼれおちる。それがたまらなく嬉しくて、握りしめた手にギュッと力を込めていた。
「暖かいな」
 そう言って目を閉じるジェンド。口元に笑みを称えたまま、とても穏やかな顔をしていた。
「ああ」
「鼓動が早いな……急いで帰ってきたのか?」
「まあ、少しはな」
「そんなに心配しなくていいのに。私なら大丈夫だから無理はするな」
「無理なんてしてないって。少しでも早くお前の顔が見たかったから」
「ふふっ。そんな恥ずかしい台詞、よく言えるな」
「そんなに恥ずかしいかな?」
「多分な」
 どう続けようかと考えている内に沈黙が訪れる。だけど、それは心地よい静寂だった。
 互いの体温と鼓動を感じながら、ゆっくりとした刻の流れに全てを委ねる。前は退屈でしかなかった「何もしない時間」がたまらなく愛おしくて、とても心地よくて。そういう時間を共有できるようになるほど、俺たちも大人になったという事だろうか。
「ごめんな」
 不意に静寂を破ったのはジェンドだった。いつの間にか目を開いていた彼女は、俺の顔をじっと見つめたまま、痛々しいほどに唇を噛みしめていた。

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n o t e
 最後まで読んで頂き、ありがとうございました! この小説は「体温」をテーマに書いています。イマイチうまく表現できてない気もしますが(汗)最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

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