childhood

 いつもと同じ時間、俺は目を覚ます。
 寝巻きを汗でぐっしょりとぬらして、軽い息切れを感じながら。
「また……か」
 誰もいない部屋の中で俺の呟きを聞いていたのは暗闇だけだ。
 全てを飲み込んでしまうような混沌とした空間だけ。
 俺は軽い気だるさを覚えながらシーツをめくり、そしてベッドから降りる。
 そして部屋にこもった熱気を含んだスリッパ履いてバルコニーへと向かう。
「イリア――お前は一体……」
 ここ何日かの間、俺をずっと悩ませてきた存在だ。
 ザードから話を聞いた時、あの時は何とも思わなかった。
 しかし時が経つにつれ、ザードの話すイリアの存在が俺の中でだんだんと大きくなっていった。
 何をしている時でも、気がつくとイリアの事を考えているのだ。
 そして同時に、何故ザードが彼女の事を話したのか、とも思う。
 ザードはよくわからない奴だ。
 言動は怪しいし、かと思えば時には物凄く的を射た事を言う。
 時には……ではないか。
 アイツの言っている事はいつも正しいのだから。
 どんなに変な事を言っても、そこには何か意味が隠されているのだ。
 そんなザードの事が少しだけ、ほんの少しだけ妬ましかった。

 湿気を孕んだ風が身体に纏わりついてくる。
 それは間違っても心地よい、などと形容されるものではない。
「夏の夜は思考を狂わせる……」
 言い訳のように呟く。
 そう、イリアの事を思い悩む自分など、所詮夏の夜が見せる幻影なのだ。
 そう思いたい。
 でも、そう願いつつも俺はイリアの事を考える。
 この纏わりつく風のように、それは俺の思考を鈍らせる。

 ザードが話すイリアのコト――
 元気のいい子。
 ペン子本の好きな女の子。
 泣いたと思ったらすぐに笑う子。
「シオン……お前は結論を出す事を恐れている。その気になれば彼女を否定する事も、肯定する事も出来ると言うのに。お前はそのどちらをも選ばずに回答を先送りしている」
 自分で認めたくない答えだ。
 アンロジカルな考え方――理性的に処理できない思考。
 俺はこのアドビスという監獄の中で感情も無く生きてきたと言うのに、何故イリアは俺の心をかき乱すのだろう?
 俺がイリアに抱く感情、それは女に対する嫌悪感とは違う、かといってスキという感情とも違うはずだ。
「くそ…………思考が……鈍る」
 暗闇の中で一人呟く。
 生ぬるい風が頬を撫で、汗でぐっしょり濡れた髪が額にへばりつく。
 熱気を孕んだ世界の中で、微熱のような幼い感情の激発が俺を支配していた。
 そう――これは馬鹿げた子供の妄想だ。
 ひたすら抑圧から抜け出したいと欲する子供の、言わば逃避行動だ。
「……くだらない」
 俺は自らの結論を打ち砕いた。
 結局、俺のしている事は本に書いてある事をそのまま引用するだけ。
 学問という無機質な世界に逃避し、自らの感情が抱く真意を知る事を恐れている。
 そしてあまつさえザードに結論を求める。
 ひねくれた子供のままごとだ。
 今日も頭の中にこびりついて離れないこの妄想相手に、幼い俺は夜を明かす。
 内に秘めた想いは火傷する程に熱いというのに――必至になって冷静な自分を装いながら。

fin

n o t e
最後まで読んで頂きありがとうございました。
この作品は今までになくシビアな物になりましたが如何だったでしょうか?
恐らくこの作品は私の中での転機となるものだと思います。
今までは読者としての希望的観測に基づいて書いていましたが、ここ最近の執筆活動の中で少しずつ考え方が変わってきました。
フィクションの中に偶然など存在せず、そこにあるのは作者の必然のみです。
だから夜麻先生が敢えてシオンを死なせた事も即ち、彼女にとっての必然があったのではないでしょうか?
その様な事を考えながら、版権物というよりかはオリジナル小説を書く時のテイストで書いてみました。

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