絆 〜ties〜


「二つの月が……離れ……る……早く……オッツ・キイムに……帰……れ」
 何とか力を振り絞ってみる。
 体中が熱い。
 血がドクドク流れているのが分かる。
「やだ。いやだ、いやだ。ココにのこる。シオンと一緒に」
 ったく、しょうがないヤツだ。
 こんな異世界にいて本当は怖いくせに。
 声だって震えて、なのに何でいつまでも俺のそばにいるんだよ、ウリック。
「俺の代わ…りに世界を旅してくれ…よ…」
 何で……お前は俺を……
「いろんなことを……自分自身の目でたしかめて……」
 ……分からない
「いろんな生きものやいろんな人と会って、ふれあって……」
 お前はこんなとこで死んじゃ駄目なんだ…
 俺なんかと一緒に……
「時に笑って、時に泣いて……悩み……」
 俺なんかいなくなっても悲しむ人なんていないけど
「感動して、知って……お前のこれからの時間を……すばら……しい……もの……に……」
 悲しむ人なんて……いない……?
 いや、違う。
 俺様としたことが今の今まで気付かなかったなんて……
 ウリックも、レムも、俺のために涙を流しているんだ。
 何故なら……
「…イリア…生きて…く…」
 ココで死ぬのは俺だけでいい。
 お前は生きるんだ、ウリック。
 俺はお前を死なせたくない。
 たとえ俺が死のうとも、お前が死ぬのだけはごめんだ。
 だからここで死ぬのは俺だけでいい。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 イリアの叫び声が頭に響く。
 今まで聞いた事も無いような、酷く悲しみにあふれた声。
 それだけで充分だ。
 お前は、今、俺のために悲しんでくれている。
 こんな俺のために、涙を流してくれている。
 結局、ずっと一人なんかじゃなかったんだ。
 ただ……俺が気付いていなかっただけ……
「いやだ、シオン、死んじゃ嫌だ!!!」
 俺は何も言わなかった。
 何度体をゆすられても、どれだけ喚かれても。
 俺が生きていたらきっとウリックは離れようとしないから。
 俺らしくないな。
 死ぬ間際になってこんな感傷的になるなんて。
 今まで、他人のことを心から気遣ったことなど無かった。
 アドビスにいた頃から、ずっと俺に向けられていたのは冷たい視線だけだった。
 ウィザード〈化け物〉を見るような皆の視線。
 ずっと耐えていた。
 それが俺にとっての日常だった。
 皆の非難に満ちた視線に耐え、なおかつアドビスという国の王子としての自分を『演じ』なければならない。
 でも、あいつ〈ウリック〉は違った。
 初めて俺のことを一人の人間として……シオンとして……見てくれた。
 それがとても嬉しかった―――それと同時に怖かった。
 人に見せたことの無い本当の自分をウリックが知ってるようで……本当の俺に触れられた途端、あいつが何処かに行ってしまうのではないかと思って……
 でも、そんな事心配する必要なんて無かったんだ。
 ウリックは……そんな俺を見て、そんな俺を受け入れてくれた。

 ダカラシナセタクナイ

 ここでウリックを死なせるわけにはいかない。
「……シオン」
 ウリックの喚き声の中にレムの声を見つけた。
 ずっと目を閉じているからどうなっているかはっきりは分からないけれど、ずっとウリック
 が俺の服を握り締めていることだけは分かった。
 ウリックの目から零れ落ちた涙が俺の服を濡らしている。
 もうすぐ結界が解けるってのに……コイツは……
『レム、聞こえるか?』
 精神を研ぎ澄ませて、レムの頭の中に言葉を送る。
 レムはああ見えても強い魔力を持っているから、俺の呼びかけに応じてくれるはずだ。
「シオン!!」
 突然レムが叫ぶ。
「レム、どうしたの?」
 呼応するように涙声でウリックが叫んだ。
『ば〜か、なに声あげてんだよ。ウリックに気付かれるだろうが。』
 何か少しほっとして、何時も通りの口調で喋る。
「う…ううん、何でもない」
 ウリックの指が俺の髪に絡みついてくる。
 ……暖かかった
 こんな冷たい世界〈異世界〉の中で、俺はウリックに包まれているような気がした。
『シオン、あんた生きてるの!?』
 頭の中にレムの声が響く。
 俺の意図したことがわかったらしい。
 まぁ、あいつにしては上出来だな。
『勝手に殺すな。』
『だ…だって……』
『だが、それも時間の問題だ。俺様の体は少しずつ崩壊をはじめてる。まぁ、助からないだ
ろうな。』
『……!!!』
 一瞬にして空気が張り詰めた。
 鈍感なウリックのことだから気付いてはいねーだろうが。
『レム、俺様の言うことをよ〜く聞いとけよ。』
『う……うん。』
『もうすぐ結界が解ける。解けたらどうなるか…分かるよな?』
 レムのココロが張り詰めているのが分かった。
 きっとここ〈異世界〉に来た時に見た"溶けていくリンゴ"を思い出したのだろう。
『ウリックをつれてここから逃げろ。手遅れになる前にな。』
『そ……そんな事できるわけないじゃない!!』
『レム……最後の頼みだ。お前と、そしてウリックを死なせたくない。お前を見込んで頼んでやってるんだぜ?』
『で…でも……』
『俺はここで死ぬ。それは変えられないコトだ。それくらいお前でもわかるだろ?』
『………』
『ウリックを……頼むぞ』
 俺はひときわ強い思念を送った。
 死なせるわけにはいかないんだ……死なせるわけには……
 それはザードに頼まれたからではなく、俺自身の願い。
「……ウリック、オッツ・キイムに帰るわよ」
 沈黙の後、レムが力強い声で言った。
 ――ったく、心配させやがって。
「レム、シオンを置いてけって言うの!!!」
 髪に触れていたウリックの手が引き抜かれる。
 ザッという靴で土を強く踏むような音が聞こえてくる。
「そうよ!!」
「いやだ、僕はシオンと一緒にいるんだ!!!」
「この分からず屋!!何でシオンがあんな魔法使ったと思ってるのよ。あんな弱々シオンがどうしてカラダ張ってまで私たちを助けようとしたのよ!?」
「それは……」
「シオンはね、死ぬの分かってて…初めから分かってて助けてくれたのよ。ウリック――あなたを助けたかったからじゃないの?何で分かってあげないのよ」
 ウリックは何も答えなかった。
 永遠に続くような沈黙――俺にはそう感じられた。
 フッと冷たい指が俺の頬をなでる。
 ――ウリック?
 何かやわらかい物が唇に触れた。
 それがウリックの唇だとわかるまで、すこし時間を要した。
 ゆっくりとウリックが唇を離す。
 甘い香りが漂っていた。
「……レム、行くよ」
「ウリック、行きましょう」
 そう、それでいい。
 それで――
 ウリック、約束守れなくて悪かったな。
 でも、俺はイヤなんだよ。
 お前が死ぬのは。
 だから、生きてくれ。
 俺の代わりに広い世界を見て、いろいろな経験をして、泣いて、笑って、怒って――生きてくれ、イリア。
 もう何も偽る必要なんて無い。
 本当のお前で、隠すことのない心で、すべてを受け入れるんだ。


 足音が聞こえなくなって暫くになる。
 もうすぐ――俺を包んでいる結界は消えちまう。
 フッ……この体が未だに消えてないほうが不思議だな。
 悪運が強い……
「俺様がこんなところでくたばっちまうとは、な」
 ゆっくりと目を開き、空気を胸いっぱいに吸って、そう呟いた。
 息を吸うたびに肩から背中にかけて激痛が走る。
「……シオン」
 誰かが俺を呼ぶ声。
 いよいよお迎えが来たらしい。
 いくら博識な俺様でも、自分が死ぬ瞬間なんて予想もつかなかったがな。
 神の声……ってやつか?
 それはウィザードの神か、クレリックの神か?
「俺だ、シオン」
 聞き覚えのある声。
 ―――鳥?
 頭上を鳥が飛んでいる。
 白い……雪のように白い羽の鳥。
「ザード?……幻か」
「幻、違う」
「その喋り方、ザードそっくりだ」
「ザード、俺」
「そうか。ザード、約束は守ったぜ。ウリック、いや、イリアはちゃんと助けた」
「ありがとう。助けてくれて、イリア」
「さあ、連れて行ってくれよ。そのために来たんだろ?」
「………」
「もう、疲れたんだ。ザード」
「だめ、生きる。シオン」
「何言ってる?もうすぐ結界が解ける。そうなったら俺様は……いや、もうとっくに解け
てるのかもしれない。知らないうちに俺は死んで……」
「シオン、死ぬ。イリア、悲しむ」
「そうだな」
「見たくない、イリアの涙。だから生きる」
「滅茶苦茶だな……でも、昔から間違っては無かった。お前が言ってたこと」
「生きる……………」
「生きる………」
「生きる…」

 そこで俺の意識は途切れた


 ――ザザァァ

 波の音が聞こえる

 ひんやりとした何かが頬に触れた

 ゆっくりと目を開いてみる

 視界がぼやける

 黄色い髪の……女?

「……え、あなた。大丈夫なの?」

 ここは……どこだ?

「……ウリック……」

 頭の中に自然と浮かんでくるあいつの顔

「ウリック?あなた何を言っているの」

 生きてる……のか?

「手を貸すから、起き上がれる?」

 また会えるのか、俺は?

「あ……ああ、大丈夫だ」

 会えるさ、きっと

 生きていれば絶対に!!

fin

n o t e
この作品はる〜くさんがメモリアルカウントをgetされた時に送った物です。
滅多にメモリアル小説を公開しないのですがこの作品は結構思い入れがあるものなので敢えて公開させていただきました。

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