この街に来たばかりの頃に精霊節の話を聞いた事がある。
 三年に一度だけこの大地に宿る精霊達が姿を現して天へと昇っていく。
 降り積った人間の罪を空に連れて行くのさ--不思議そうに首をかしげる俺達に誰かが語りかけてくれた。
 その話を聞いた時、俺はシアンベルブへと向かう聖樹<ジェドの木>の光を思い出していた。
 あの時、そこにいた誰もが強い力で結ばれていたような気がした。
 それが何かは解らないけれど、とても暖かくて、とても優しくて、とても……嬉しかったんだ。
 何の分け隔ても無くアイツと繋がっているような気がして……とても嬉しかった。
「次の精霊節、一緒に見ような」
 少しだけはにかみながら、背を向けた彼女に向かって呟いてみた。
 彼女はゆっくりと振り返って、口元に微かな笑みを浮かべながら「ああ」と応えてくれた。

透明なあなたと踊るワルツ

Kai 〜 monologue

 リルハルトの街で暮らし始めて既に二年が経とうとしていた。
 俺達は長い旅に終止符をうち、この街で生活を共にする事を決めた。
 二人が共に歩き始めるまでにあまりに多くの障害があったし、それによって俺達自身疲れきっていたのも確かだった。
 ディアボロスを倒すという目的を失った今俺達が旅を続ける理由など無かったし、何よりも落ち着いた生活をしたかったのだ。
 この旅を始めた時から命の保障が無い事など解っていた。
 覚悟もできていた筈だ。
 しかし大切な人を失うという意味を知ったその日から、俺達は互いに死を恐れるようになったんだ。
 どちらもが独り取り残される事を恐れていた。
 口にこそ出さなかったけれど、それは彼女とて同じだと思う。
 だから俺達は互いに旅を終わらせる決意をし、そしてこの地で共に暮らす事を決めたのだ。
 ここにいれば何物にも脅かされる事無く、互いの事だけを考えていられると思ったから。

 いつからだろう、同じ事の繰り返しでしかないこの毎日に退屈するようになったのは。
 二人で旅をしていた頃は毎日が新鮮な感動で満ちていた筈なのに、最近はそのような感情を抱いた事すらなかった。
 彼女と一緒にいる時でさえ以前のようにワクワクする事も無くなったし、彼女の仕草や言葉に一喜一憂する事も無くなった。
 決して彼女の事を嫌いになったわけでもないし、他の女の事を好きになったわけでもない。
 だけれど、二年前と同じだけ彼女を愛しているか、と訊ねられれば「そうだ」と即答できないかもしれない。
 そしてそれはわだかまりとなって胸の内にたれこめ、知らないうちに彼女へとぶつけるようになった。
 些細な事で喧嘩をするようになったし、いつの間にか自分の視点でしかものを考える事が出来なくなっていた。
 きっと「彼女はずっと側にいてくれる」という理由も無い確信が俺に慢心を抱かせていたのだろう。
 男として彼女に認められたい、そのように思っていた時はいつも彼女を支えられる男になろうと努力していた筈なのに、今はそれすら忘れてしまった。
 流れ行く刻の中で全てがゆるやかに変化している。
 意識の奥底に眠る本当の俺自身も、静かに、ゆっくりと変わっていく。
 必然だと解っているのに、それに戸惑う自分と、そして諦めている自分がいる。


Zyend 〜 monologue 

 あいつと離れていた三年には苦痛しかなかった。
 自らの過ちで彼をずっと苦しめていたという後悔と、傍にいる筈の者のいない寂しさが私の心に圧し掛かっていた。
 一緒にいる--唯それだけの事がどれだけ大切で難しいかという事を確信した。
 だからあいつと再び逢い見えた時、本当に嬉しかったんだ。
 確かに私の中には限りない罪悪感があったし、それは完全には拭う事の出来ないものだと思う。
 それでも、そんな私を彼は許してくれた。
 傍にいてくれた。
 いっぱい愛してくれた。
 傍に自分を想ってくれる人がいる、そんな当たり前の事が本当に嬉しくて。
 長い間彷徨っていた暗闇から抜け出せたような気がした。
 でもこのリルハルトの街に来てから、何もかもが少しずつ変化していった。
 私は剣を置き、そして女として今まで出来なかった事をやろうと決意した。
 旅をしていた時のような新鮮な感動に満ち溢れた生活とは程遠かったが、それでも、彼の為に何か出来る事が嬉しかったし、そんな自分が大好きだった。

 傍にいる筈の彼の不在を感じるようになったのはいつからだろう。
 以前のように色々と話し合う事も無くなったし、私に触れてくれる事も少なくなった。 料理を作っても何も言ってはくれないし、髪を切っても気に留める様子も無い。
 ただ漫然と一緒にいるだけのような、そんな気がした。
 そして何より、傍にいても互いの温もりを感じる事が出来ないのがこれ程にまで辛いとは思わなかった。


Zyend 〜 memories stay only in my heart

 いつもと変わらない食事の風景――小さなテーブルを挟んで、その向こうには彼が座っている。
 特に会話らしい会話も無く、もはや当たり前となった沈黙を破ったのは私だった。
「……なあ、カイ」
 肉を頬張った彼が不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。
 そんな彼を一瞥すると、私は手にしていたフォークを皿の上に置き、そして再び彼の顔をじっと見つめた。
「ん……どうかしたか?」
 彼の青澄色の瞳を見ると、一瞬決意が鈍ってしまうような気がした。込み上げてくる不安ともつかない感情を押し留めるように唾を飲み込んでゆっくりと口を開く。
「明日って何の日か覚えてるか?」
 私の問いかけの意味を測りかねる様子の彼は首を傾げて「うーん」なんて間の抜けた声を漏らしてみせた。
 視線が彷徨っている様子から本当に思い出せないらしい。
 そして暫く考えた後、唐突に人差し指を突き出すと笑顔でこう答えた。
「解った!俺達が出会った日だろ?」
 笑顔の彼とは対照的に、私は小さく項垂れると溜息を噛み殺した。
 ある意味予想通りの答えだった筈だ。それなのにこの時の私は彼の笑みに期待し、そして求めてしまったのだ。
 答えが違う事を察したらしい彼は苦笑いを浮かべながら「ははっ、何だっけ?」等と何の気なしに訊ねてきた。
 私はそんな彼に苛立ちを覚えながら、一度テーブルに落とした視線を再び上げ、彼の顔をジロッと睨み付ける。
「……別に」
 私の態度が気に食わなかったのか、一瞬にして彼の顔から笑みが消えていく。そして少しふてくされたような顔をすると、わざと音を立てるようにしてフォークを置いてみせた。
「怒んなくたっていいだろ?」
「怒ってなんてないよ」
「その言い方が怒ってるじゃん」
「……だから怒ってないって言ってる」
「お前らしくないな。そんな細かい事覚えてないからってどうなんだよ?」
 その言葉を聞いた瞬間、私の中で今まで溜まりに溜まっていた不満が爆発した。普段から気が長い方ではないけれど、それでも自分を抑えられないほど激しい怒りに駆られるのは久しぶりだったのだ。
 彼を愚弄するように鼻で笑うと、勢いよく立ち上がってみせる。
「私らしくないだと?ふんっ……お前に私の事なんて解るのか!?」
「何言ってるんだよ?今までずっと一緒にいるんだ、解るに決まってる」
 喉元まで出かかった言葉を飲み込んでコブシを握り締めると、「よかったな」と吐き捨てるように呟いて流し場に向かっていった。後を追うようにして近付いて来た彼だったが、無言のまま二人分の食器を置いて去っていくだけだった。
 私は言い知れぬ苛立ちを噛み殺すと、くそっ、と小さく呟いた。

 結局、その後も二人は僅かな言葉すら交わす事も無かった。
 ただ気まずい空気だけが部屋中に漂い、互いに視線のやり場に困りながら、自分一人の世界の中でいかに何事も無かったかのように振舞うかという事を考えていた。
 しかしいざ眠ろうという段になって、彼と同じベッドに入るという事に酷い嫌悪を覚えたのだ。
 普段であれば狭かろうが暑苦しかろうが一緒にいる事の出来るこの時間を楽しみにしていた筈なのに、今となっては遠い昔の事のように思えた。
「……何やってるんだよ」
 自分の枕を床に落とした私を見て、彼は苛立ちを顕にした声でそう言った。
「床で寝るんだ。文句は無いだろ?」
 別に他意はなかったろう彼の言葉にも反抗的な言葉が出てきてしまう。
 そんな私に呆れたのか、彼は一つだけ小さく溜息をついてこう続けた。
「風邪でもひいたらどうするんだよ」
 そう言いながら布団を差し出してくる彼。
 私はそれに気付かないふりをしながら彼に背を向けて横になる。
「別に……お前には関係ない」
「関係あるだろ?どうせ風邪ひいたら看病するのは俺になるんだし」
「……」
 泣いてしまうかと思った。
 込み上げてくる涙を抑えるように歯をギリッと噛み締め、緩慢な動作で起き上がった私は彼の手から布団をひったくって、勢いよく投げつけてやった。そして気がついたら反論する間すら与えずに叫び散らしていた。
「貴様の世話になんてなるか!!お前の顔なんて見たくない!!さっさと失せろ!!!」
 酷く呼吸が乱れて、肩を上下させながらぜいぜいと息を吐き出していた。
 そんな私を見て呆気にとられたのか、彼は少しの間ぼんやりと私を見つめていたが、やがてバツが悪そうに視線を下げてそのまま部屋から出て行ってしまった。

 一人取り残された私を襲ったのは激しい脱力感だった。
 それまで張り詰めていた緊張が途切れ、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちてしまう。
 込み上げてくる涙がとめどなく頬を伝い、ぽたぽたと床に零れ落ちていった。
 私は床に置いた枕に顔を押し付けると、声を押し殺しながらひたすら泣きじゃくっていた。

vol.2へ続く


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