5005年 ナサギエルの月7日
ゆっくりと目を開くと、そこには雲一つ無い一面の大空が広がっていた。 少しだけ視線を下げたその先には米粒のような町並みが見える。 それは自分が遥か空高くに浮かぶイェールス神殿にいると言う事を思い知らせるに足る物だった。
冷たい風が身体に絡み付いてくる。ヒューヒューという笛のような音を立てながら、それは切らずにのばしていた髪の毛をあちこちに靡かせた。 もう既に髪をかきあげる事さえも億劫になっていたらしい。両腕をだらりと垂らしたまま、俺は飲みこまれてしまいそうな大空を食い入るように見つめていた。 「イリア……どうしてるだろうな」 ふと思い出したかのように脳裏に浮かんできたアイツの名前を呟いた。 もう二度と逢う事が出来ないと解っているのに、少しだけほっとしているのは何故だろう? きっと……誰でも無い俺自身がアイツを助けたのだという自負心の賜物だろう。 そう、同じような感覚を前にも味わった事がある。異世界に行って、自分に課した約束を果した時――この手でイールズ・オーヴァを倒して、そしてイリアを護り通したあの瞬間。 もう二度と逢えないという言葉に出来ない喪失感と共に、一番大切なものは守り切ったのだという妙な満足感を抱いていた。 自己満足に過ぎないかもしれないけれど、アイツを護る事が出来るのは俺だけだ、という自負心はアドビスという鎖につながれた俺のアイデンティティを辛うじて保たせてくれた。それは言いかえれば俺の存在自体が"大切なひとを護る"という陳腐な感情によって規定されていたとも言える。 だけど……そんな陳腐な感情が俺にとっては勲章だった。 「ふふ……こんな姿を見たら、昔の俺は笑うだろうな」 口元を微かに緩めると思いがけず笑いが零れ落ちた。しかも何の含みも無く自然に、だ。 こんな事を言うのは何だけど、これは自分でも意外だった。 多分、俺自身が自分の事を根っからの皮肉屋だと思っているからだろう。 俺は口をキュッと結ぶと、ゆっくりと右手を肩の高さまで上げた。 か細い腕、そして指の隙間を風がすり抜けていく。目を閉じると、まるで鳥になったかのような錯覚すら抱いた。 だが飛ぶ事は叶わない。翼をもがれた鳥は自らを抱く風に翻弄され、そして飲み込まれる運命にあるのだから。 「永いお別れだ……イリア」 地面がぐらりとゆれ、背後で物凄い爆音がした瞬間、俺は覚悟を決めてそう呟いた。 |
to be continued...
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