ressurection vol.6

「それでは、私の方から検死の結果を報告させてもらうわ。大まかなところは先にヒルダがまとめた通り。改めて言及はしない。いいかしら?」
 会議室の中には異様な空気が漂っていた。メンツは先の会議と同じ。違いはユリアが加わった事くらいだろう。肌をヒリつかせる緊張感はある種殺気のようで、誰もが食らいつくようにユリアの顔を睨み付けている。反して、彼女の声は感情の類を一切感じさせない、酷く淡々としたものだった。
「具体的な手技の内容は省くとして、外科的な観点に立てば、術者が何をしたかは明らかだわ。つまり、脳の前頭葉と呼ばれる部位の切除ね」
「前頭葉だと?」
 いかにもご不満といった様子のニールが口を開いた。全く、何にでもケチをつけなければ気がすまないらしい。身をかがめた姿勢はいかにも攻撃的だ。
「ご存知ないでしょうね。前頭葉とは精神活動を司る部位よ。ここをいじれば、どんな獰猛な魔物も大人しくなると考えられている。ただし、これには二つ問題がある。第一に、倫理的な面から検証不可能であるという点」
 倫理的、という言葉に反応したのだろうか、ニールがフンッと鼻を鳴らす。これにはユリアも苛ついたに違いなかった。眉間に皺を寄せた彼女が、ニールをギリっと睨み付ける。
「我々の世界にも倫理はあるわ。いちいち説いて頂かなくても結構よ。異存がないなら話を続けるけど、どうかしら、大先生?」
「…………」
「続けるわ。第二に、このような術式を行った場合、我々の技術では感染症を防ぐのは不可能に近い。つまり、手術部位にばい菌が入ってきて、機能低下もしくは機能不全を引き起こしてしまう。但し、あなた方の魔法を使ったならもしくは、そのような事態は回避できるのかもしれない。さて、ここまで術式についての話をしてきたけれど、実は問題はこれだけではない。先だってこの国で起こったクーデターでは、その首謀者の一人が魔物を支配下においていた。そうね?」
「ちょ……どこからそんな話を聞いてきた!? これは機密の筈だ!」
「落ち着きなさい、ニール。彼女は秘密を漏らしたりはしない」
 感情を抑えたシェーナの声が響き渡る。彼女が弁護に回ったのは意外だったが、これも仕事のうちだと割り切っているのだろう。
「私にはあなた達の政に干渉するつもりは一切ない。ここで知りえた秘密を漏らしはしないし、それはここを立ち去った後も同じ事。それくらいはわきまえているわ。問題は、いい? 問題はどうやって彼らに命令を下したか。どうやって情報の伝達を行ったかのという事」
「いいか?」
「何かしら、シオン」
「山間部に生活の礎を置く部族の中には、幼い頃から自然と共生する事によって、魔物と話す術を身に付けている者もいると聞いたことがある」
「なるほど……興味深いわね。兵士達のリストから洗い出すことは? シェーナ」
「そうね。時間はかかるでしょうけど、やってみる価値はあるわ」
「それが先天的な能力でないとしたら、もしかしたら訓練による習得も可能かもしれないわね。だとしたら、洗い出しは更に困難になるでしょうけれど」
「そういや、お前はどうやって魔物と話しているんだ?」
 不意にイリアに話を振ってみる。彼女はキョトンと辺りを見回して、躊躇いがちに口を開いた。
「え……私? 気が付いたら皆の言うことが解るようになってたけど……」
「はぁ……これだからお前ってやつは……」
「何だよぅ、そんな言い方ないじゃないか!」
「そういうことらしいわね。後は魔物の進入経路だけど……人間が関与している以上、誰かが手引きしたと考えるのが妥当な線だわ。認めたくはないでしょうけれど」
「何だと!?」
 声を荒げるホレース。今にも飛び掛っていきそうな彼を押えつけるように、俺は威圧的な声をもって話に割り込んでいった。
「こうしたらどうだ? 見張りの兵士を短時間のうちに組替える。人員の選択も組み合わせも全てランダムにする。何者の意思をも関与させないように」
 きっと、事態の収拾をつけようだなんて、考えていなかったのだと思う。この時の俺は、ただイリアの前でいい格好がしたくて、少しでも感心してほしくて。近頃の俺を見るあいつの目は……昔と比べて随分と変わってしまっていたから。何とか取り戻したかったんだ。俺から離れてしまったアイツの気持ちを。
「ふんっ、勝手にするがいい。そんな事をしても結果は目に見えとるがな!」
 そう吐き捨てると、ホレースは椅子に踏ん反り返ってしまった。その様子を見ていたミトは、一つだけ溜息を吐くと、言葉を噛み締めるように話し出した。
「認めたくはないですが、内部の者による犯行の線が濃厚のようですね」
 皆が唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。ミトがそれを認めるということは、俺達が議論する以上に、それとは比べ物にならない大きな意味を持っているのだ。つまり、それだけ事態が重大な局面を迎えているという事になる。
「シェーナ、明日の朝一番に兵士達を集めてください。私から話をします。それから、町の有力者達を集めてください。出来る限り早く」
「待ってください!」
「貴方の言いたい事は解っているわ。ニール。でも、これ以上隠し立ては出来ない」
「自分で何をしようとしているのか解っているのですか?」
「ニール」
 二人の会話にシェーナが割って入る。それでもニールは話をやめようとはしない。
「だってそうだろう、この前何が起こったか忘れたわけじゃあるまい? 星室庁が反旗を翻した。事もあろうに身内が!」
「ニール!」
「やめない! あの時は押さえ込むことが出来た。だが今度は……万一国民がクーデターでも起こした日には、この国はお仕舞いだ! ええ? あの時のように、そこにいる坊やにどうにかして貰うつもりですか? 今度は魔法で国中を焼き払って!」
「言葉が過ぎるわよ! いい加減にしなさい!!」
「いいのよ、シェーナ。ニール、もしも彼らが武力に訴えるのならそれでもいいと思ってる。それが彼らの下した決断ならば、喜んで受け入れるわ」
「ふ……ふふっ、貴女って人はどこまでおめでたいんだ。もうどうなっても知りませんからね。勝手にするがいい!!」
 立ち上がったニールは椅子を蹴飛ばして、その場にいた全員をぐるりと見回すと、部屋から飛び出していってしまった。残っていたのは言いようのない後味の悪さだけ。誰一人として言葉を発することも出来ず、静寂の中で、ただ時間だけが過ぎ去っていった。

to be continued...


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