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            | 「参るわね」
 項垂れたミトが溜息を漏らす。先ほどまでとは違う、いつも通りの彼女に戻っていた。
 「あれで良かったんです」
 「それは解ってるんだけど……疲れるわ」
 「これからどんどん増えますよ。あなたには様々な手管を学んで貰わねばなりません」
 「ええ」
 「出来る限りのお手伝いをさせて戴きますから、何とか乗り切りましょう」
 「ありがとう……シェーナ。次の会議までは一時間あったわね?」
 「はい」
 「だったら、ちょっと休んでくるわね」
 「時間が来たら使いをよこします」
 「頼むわ」
 ミトは俺の方に顔を向けると、一度だけ明らかに作り物と解る笑みを浮かべてみせた。昔俺が浮かべていた笑みを、今はミトが浮かべている。そうさせてしまったのは他ならぬ俺自身。胸が、ギュッと締め付けられるような気がした。
 「行くわ」
 立ち上がった彼女は、もう一度だけくたびれた笑みを俺達に向けて、部屋を後にしていった。
 
 
 シェーナと二人だけになった瞬間、肩にのし掛かるような緊張感が一気に解けていったような気がした。それは彼女も同じだったらしい。先ほどまでの険しい顔が、今は幾分か和らいでいる。
 「さっきのシナリオ、あんたが書いたのか?」
 彼女は鼻でふんっと笑って、「いいえ」と意味ありげな口調で答えた。
 「最近はね、結構自由にやってるわ」
 「今朝のもそうだろう?」
 「はぁ……」
 「何だよ、それ」
 「あれには肝をつぶしたわ。いきなり何を言い出すかと思えば……」
 「でも、悪くはなかったろ」
 「冗談でしょ。あんな言い方はないわ。それに細かい言い回しだって」
 「あんただったらどうするんだ?」
 「私だったら、もっとオブラートに包んだ言い方をするわよ」
 「だからつけ込まれるんだ」
 「……言ってくれるわね。これでもやる時にはやるのよ」
 「解ってるさ。あんたは側近連中の中じゃ一番優秀だ。比較対象が悪すぎるがな」
 「彼らは優秀よ。ただ、それぞれの利害関係が複雑に絡み合っているから、だからうまくいかないのよ」
 「そんな事をしているから、国が立ちゆかなくなる」
 「私に言っても仕方がないわ」
 「全くだ」
 「そう、忘れるところだった。昨日の件だけどね、一応洗い出してみたわ」
 「そうか? 早いな」
 「一部だけ。全てを終わらせるにはまだ時間がかかるわ。はい、どうぞ」
 彼女が差し出してきたのは束になった書類だった。それぞれに兵士達の詳細な情報が記されている。
 「結構多いな」
 「まあね。仕事にあぶれた者達が色んな所からやってくるから。それでね、一つ気になったんだけど」
 「何だ?」
 「ルハーツ女王の行った粛清を?」
 「……いいや、そんな事が?」
 「ええ。山間部には鉱山やら何やらが多いからね。懐柔できなかった所は武力で無理矢理。最後まで抵抗を続けた者は皆殺しにされた。バッサ族、クルメイ族、マヌイ族……そこの出身者達の名前もちらほらあったわ」
 その話を聞きながら、朝会ったユーリという男の事を思い出していた。あのミサンガは、確か、どこかの部族の伝統的な装飾の一つだった筈だ。そのような事を考えながら、リストの中から「ユーリ・カルバ」という名前を探してみる。しかし出てきはしない。もちろん、あれが偽名でないという確証もないのだけれど。
 「どうかした?」
 「いや、ちょっと気になる事があってな。でもいいんだ。気のせいらしい」
 「そう? でも、何かあったらすぐに言うのよ?」
 「ああ」
 「それから、これは仕事とは関係ないんだけどね」
 「何だ?」
 「イリアちゃんと何かあった?」
 イリアという名前を聞いて、思わずドキッとしてしまう。どうしてシェーナがあいつの事を口にする? そのような疑問を胸に抱きつつ、とりあえずは冷静を装って、彼女の顔をじっと見つめた。
 「別に。どうしてそんな事を?」
 「ここに来る前、彼女にあったのよ。とは言っても、擦れ違った程度だけどね」
 「それで」
 「最近あなたとはどう? って訊いたら、何か難しい顔しちゃって」
 「……あんた、何余計な事訊いてるんだよ」
 「だって、話す事がなかったんだもの」
 「だってじゃない。なら話さなきゃいいだろうが」
 「もう済んだ事はいいじゃない。そんな風にいじいじ言ってたら嫌われちゃうわよ?」
 「な……」
 「で、何かあったの?」
 「知らねーよ。あいつが勝手にプリプリしてるだけだって」
 「またそんな事言う。あの年代の女の子は色々と複雑だから、あなたが何とも思ってない事でも傷ついたりするものよ。何か心当たりがあるんじゃない?」
 「…………」
 「話し合いなさい。彼女の言う事をしっかりきいてあげる事ね」
 
 一人廊下を歩きながら、先ほどのシェーナの言葉が気になっていた。確かに、最近の俺とイリアはお世辞にも良いとは言い難い関係で。何かと喧嘩になるし、どことなく気まずい空気があるのも確かだった。でも、だからといってどうすればいい? あいつの話だったらいつでも聞いてるし、そりゃあ文句をつけてばっかいるかもしれないけれど。
 部屋の前間出来たところで、中からドスドスと走り回る音が聞こえてきた。「何だろう?」と思いながらドアを開ける俺。そこには、俺に背を向けてベッドで寝るイリアの姿があった。
 「帰ったぞ」
 返事はない。俺は溜息をつきながら、そのまま彼女のベッドにどすんと腰を下ろす。
 「何やってるんだ? ふて寝か?」
 「…………」
 「シェーナがお前の事話してたぞ。様子が変だったって。何かあったのか?」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「俺達……最近うまくいかないな。どうしてなんだ?」
 後ろに寝転がっていたイリアがごそごそと動いている。どうやらこちらに身体を向けたらしい。俺は決して振り向きはしなかったけれど。
 「解らないの?」
 感情を抑えた、喉の奥から絞り出したような声だった。その存在感に、思わずハッとしてしまう。
 「シオンじゃないか……何もかも、自分の好き勝手にやって。何でも私のせいにして。私の気持ちなんて何も考えないで」
 「何を言ってる……」
 「最近、私の事ちゃんと見てくれた事ある? 私の話をちゃんと聞いてくれた事……勝手に勘違いして、イライラして、私にあたって。あたるのはいいよ。でも……ちゃんと私の目を見て!」
 「……悪いけど、お前が何言ってるかサッパリわかんねぇ」
 「もういいよ!」
 俺の背中を思い切り殴って、サッとベッドから起きあがるイリア。
 「何すんだよ!」
 流石の俺も黙ってはいられなかった。俺のすぐ前までやってきたアイツをギリッと睨み付けて、口悪く怒鳴りつけてやる。
 イリアの奴も、俺の顔を思い切り睨み付けると、何も言わずにドアの方へと歩いていった。
 「おいっ、どこに行く!?」
 「ニールさんの所だよ! シオンなんてもう知らない!」
 頭の中が真っ白だった。しかし、次の瞬間には思い切りドアを閉める音が響き渡って、その音に俺は我に返った。
 「畜生……」
 誰もいない部屋の中で、絞り出すようにしてその言葉を吐き捨てた。
 
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            | to be continued...
 
 
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