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            | ベッドの上に座ったり、死んだように寝たふりをしてみたり。その間にも、決してイリアの事が頭から離れはしなくて。思い返してみれば、ここに来てからと言うもの、勝手にニールに嫉妬して、イライラして、あいつに当たり散らして。嫌われるのも当然か。俺は一体何をしていた? ひたすらあの男を貶めるような事を言って、あいつから興味をそらそうとしていた。我ながら最低な男じゃないか。
 いや、そもそも何でこんなにも頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ? あいつの事を考えていると、俺は俺でなくなる。アイツは俺の大嫌いな女の筈だったのに、どんどん興味を持っていって。アイツの中に安らぎや救いを求めているといったらその通りで、だったら、ただ依存しているだけに過ぎなくて。でもそうじゃないんだ。俺にとってあいつは特別で、自分の命を捨ててまで守りたいと思ったのはあいつが初めてで。その決意をした時から、俺の中である感情が生まれていたんだ。
 もう手遅れかもしれない。だけれど、このままあきらめるわけにはいかない。意を決した俺は、拳をぎゅっと握りしめて、すっくとベッドから起きあがった。イリアに謝らなければならない。それからこの気持ちを……伝えなければならない。
 
 ニールの部屋へと続く廊下には、誰一人擦れ違う者もいなかった。壁に据え付けられた蝋燭はゆらゆらと揺れて、辛うじて暗闇に明かりを添えていた。
 ジッと音を立てて、蝋燭の炎が一斉に消えていく。目の前の視界が一気に黒で塗りつぶされて、後に残ったのは、焦げ臭いにおいだけだった。
 その場に立ち止まった俺は、とりあえず辺りを見回してみるけれど、やはり人の気配などは一切無い。偶然消えただけか? そう思いながら歩こうとしたのも束の間、背後に誰かの気配が現れ、それに気付いた時には、喉もとに刃を押し当てられていた。
 「おっと、動くんじゃない。下手な事をしたら、喉もとにコイツが食らいつくぞ」
 酷く擦れた囁き声が響き渡る。きっと声を変えているに違いなかった。だとしたら、俺が知っている者の犯行という事か? それとも単に証拠を残さないようにしているだけ?
 「どういうつもりだ」
 「例の件から手を引け」
 「例の件?」
 刃の腹が喉もとにぐいと食い込む。どうやら、徒に猶予を与えるつもりはないらしい。そんな風に冷静な判断を下しながらも、体中からじっとりと嫌な汗が噴き出して、心臓の鼓動も、相手に聞こえてしまいそうな程に跳ね上がっていた。
 「おとぼけはよせ」
 「引かないと言ったら?」
 「随分と余裕だな。今の状況を理解していないわけじゃあるまい?」
 「理解はしているつもりだぜ。お前には俺を殺す事は出来ない。もしそのつもりならば、もうそうしている筈だ。俺を生かしていく利点もないだろうしな」
 「無用な殺生は好まん。今ここで手を引くと誓うならば、これ以上手出しはせん」
 「イヤだい」
 「何だと?」
 「嫌だと言ったんだ、このクソ野郎!」
 「ふっ……生意気な小僧だ。確かに、俺にはお前を殺すつもりはない。だが仲間の皆が俺のような奴とは限らんぞ」
 「何が言いたい」
 「お前の連れ……今どこにいる?」
 「…………!?」
 「ふふっ、動揺の色を露わにしたな」
 「……イリアをどうした?」
 「さあな、お前次第だ」
 「あいつに指一本でも触れたら許さんぞ」
 「いくらでも吠えろ」
 ののしるような言葉を吐き捨てながら、握りしめた手の中で小さなヘカを作り出していく。もしもこいつの言っている事が正しければ、俺が手を引いたからといって、イリアが安全になるという保証などどこにもないだろう。口ではもっともらしい事を言いながら、それを裏切るのはこういう人間の常套手段だ。
 「アイツにもしもの事があったらーー」
 「ほう、一体どうするんだ?」
 「こうするんだ!」
 完成したヘカを一気に解き放ってやる。威力はほとんど無いに等しい。それでも、目眩まし程度にはなってくれる筈だ。
 「なっ!?」
 一瞬ひるんだ奴の手首を握りしめ、何とかナイフを自分から遠ざけた。そのまま奴の方に振り返って、ナイフを取り上げようとする。しかし、奴とてそうさせるわけにはいかず、躍起になってブンブンと手を振り回している。俺は両手で奴の手首を握りしめると、反動利用して、一気にナイフを振り下ろしてやった。鈍い感覚と共に奴の肉を抉る刃先。先端が骨に触れて、ゴリっという嫌な感覚が伝わってくる。
 「畜生!!」
 奴は俺の身体を蹴飛ばすと、そのまま、逃げるように立ち去ってしまった。
 一方の俺は、ニールの部屋めがけて、勢いよく走っていく。そして暗がりの中に部屋を見つけると、何のためらいもなくドンドンとドアを叩いた。
 「ニール、ここをあけろ! あけてくれ!」
 すぐさまドアが開いて、そこに立っていたのはキョトンとしたニールその人だった。
 「どうしたんです? こんな時間に」
 「イリアは……イリアはいるか!?」
 「イリアちゃん? さあ……来てませんけど」
 「来てない?」
 「ええ、大体彼女がここに来た事なんてありませんよ」
 「そ……そうか」
 完全に混乱していた。心臓がばくばく言って、不安が止めどなく沸き起こってくる。
 「悪かった。ならいい」
 吐き捨てるように言うと、返事を待つことなく、自室へと向かって走っていった。
 
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            | to be continued...
 
 
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