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公会堂の中はしんと静まりかえっていた。集まった兵士達は微動だにせずに前を見つめ、主の登場を今か今かと待ちかまえている。このような状況がゆうに10分は続いているだろうか。 不意に場内の空気が張りつめ、演壇の裾からミトが姿を現した。まず目についたのは、至る所に黄金の刺繍が施された豪奢な服だった。それを身に纏う彼女の表情はいつになく硬く、他を圧倒するような雰囲気すら感じられる。 中央に立ち止まった彼女は辺りをぐるりと見回し、一度だけ軽く頷いて、それから話を始めた。 「あなた方の殆どがこの国に、そして私に対して不安を抱いていることでしょう」 どよめきこそ起こらなかったが、明らかに皆の顔には驚きの色が浮かびあがっていた。無理もない。彼女の言葉は、決して君主たる者が発すべきものではなかったのだから。だが、俺は全く驚きもしなかったし、動揺の類の感情をも抱きはしなかった。何故だろう。明確な答えを挙げることは出来ないが、きっと彼女の表情に、それを見出していたのだろうと思う。 「私は今日、ここに、一つの約束をします。私はこの国を変えてみせる。この国をこの国たらしめている既存の枠組みを全て破壊する。そしてそこに新たなアドビスを建ててみせる。この国は既に民主化への道を歩み始めているわ。誰にもそれを止めることは出来ない。いかに時間がかかろうとも、私は必ずそれを成し遂げてみせる。異を唱える者は立ち去って貰って構わない。反旗を翻すというならそれもいいでしょう。ただし容赦はしない。全力をもって叩き潰すわ。立ち向かってくるなら、この国をとるつもりで来なさい。それが出来ないなら私に従いなさい。半端なことは許さない。私に忠誠を誓うか、去るか、それとも刃を向けるか、それ以外の選択肢は存在しない」 シェーナの用意した原稿を読まなかったな、と思った。彼女がこんな事を言わせる筈がないし、第一、言葉が荒削りすぎる。これについて賛否両論あると思うが、正直、俺はいいなと思った。彼女の言葉には、今まで以上に強い力があったから。それがなければ、どんなに素晴らしいスピーチも意味をなさない。 そんな風に考えながら、シェーナの方に顔を向けてみる。案の定、彼女は額に右手を当てて、青ざめた顔で床を睨み付けていた。それから、その視線をゆっくりと兵士達の中へと落としていく。この中に裏切り者がいるかもしれない。心の中でほくそ笑みながら、俺達が次にどんな手を打ってくるのかをうかがっているのかも。しかし、目に入ってくるのは同じような兵士の連なりだけ。その中に差異を見出す事など出来ない。そう思っていた。 「シオン」 「どうした?」 視線は兵士達の中に落としたまま。ぼんやりとしながら、気のない返事を返す。 「あの人……ずっと私達を見てる」 反射的に彼女の視線を追っていた。同時に解散の号令がかかって、ばらけたビー玉の如く、人混みが視界を埋め尽くしていく。しかし、その隙間から確かに見えたのだ。こちらをじっと見つめる、褐色の肌の男が。俺と目があった瞬間、奴は人混みに紛れるようにして姿を消してしまった。 「追うぞ!」 有無を言わさない口調で吐き捨てて、人混みの中へと飛び込んでいく。しかし、人が多すぎてなかなか前に進むことが出来ない。それに、焦っている上に押し合いへし合いしてると、自分がどこにいるのかすら解らなくなってしまう。 「くそっ!」 何とかして公会堂から出た俺は、悪態をつくと、あたりをキョロキョロと見回してみた。兵士達はそれぞれの持ち場に戻る為に散開し、目的の男がどこに行ったかなど解りはしない。仕方なしに、俺は人通りの少なそうな道を一つだけ選んで、そこへ向かって歩き出した。確信はなかったけれど、何となく彼がそこにいるような気がしたのだ。 その道は薄暗い裏路地に通じていた。湿り気のある空気が肌に絡みついて、嫌な汗が頬を伝い、あごの先からぽたぽたと零れ落ちていく。 「シオン……本当にこっちであってるの?」 いかにも不安そうなイリアの言葉が薄闇に木霊する。その声に、言葉に、俺は苛立たずにはいられなかった。 「んな事知るか! だいたいーー」 不意に誰かの気配を感じた俺は足を止めた。辺りをキョロキョロ見回してみるが、誰の姿も確認出来はしない。 「何かご用ですか?」 まさに不意打ちというのが正しかった。突然背後から飛び込んできた声にびくっと震え、ゆっくりと声の方へと身体を翻していく。 「どうして……」 目の前にいたのは、先ほどの褐色の肌の男だった。黒髪の中にはいくつか白いメッシュが混じって、手首には原色系のミサンガを身につけている。未だあどけなさの残る顔つきをしているが、その表情は似つかわしくない程険しいものだった。 「私に何かご用ですか?」 「どうしてここに……」 「持ち場に戻る途中、あなた方の足音が聞こえてきたので。先ほど公会堂にいらっしゃいましたね」 「あ……ああ」 「それで」 「例の事件……そうだ、例の事件について調べてるんだ」 カマをかけるつもりはなかった。だけれど、突然姿を現したこの男にかける言葉が見つからなくて。口をついて出てきたのは、そのような台詞だったのだ。 「例の?」 「城下で発生している連続殺人事件……ここらの担当なら聞き及んでいると思うが」 「ああ、確かに。ですが、それが何か?」 「何か知ってる事があったら、些細な事でもいい。教えてくれないか?」 「残念ながら私には何も。お役に立てなくて申し訳ありませんが」 男は一礼して、そして俺達の脇を風を切るように駆け抜けていった。少しずつ小さくなっていくその姿をじっと見つめながら、気がつけば彼を呼び止めていた。 「待ってくれ!」 その場に立ち止まる彼。だが振り返りはしない。 「そのミサンガ……ここら辺じゃ見かけない色づかいだ」 「……そうですか? 物心つく前から持っていたので、何とも」 「名前を聞いても?」 「尋問ですか?」 「違う」 「肌の色が違うから」 「問題をすり替えるんじゃない」 「……ユーリ。ユーリ・カルバ。もう行っても?」 「ああ」 「失礼します。もうお会いする事もないと思いますが」 「そうだな」 俺達はユーリの姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立ちつくしていた。 その夜、街の有力者達五人を招いた晩餐会が開かれた。同席したのはミトとシェーナ、そして俺。場所が場所なだけにイリアは呼ばれなかったが、彼女はその事でご立腹の様子だった。 「今日はお呼びだてして申し訳ありませんでした」 「いや、あなたの事だ。それなりの理由があったに違いないと、そう理解していますよ」 「恐縮です」 「例の一件でしょう?」 「ええ」 「街にも悪い噂が広まっている。中には魔物の仕業だと言う者も。是非とも釈明していただきたいものだ」 「……今から一ヶ月前、城内でクーデターが発生しました」 「何?」 「首謀者は星室庁の長であるルーファス・ユスティアーニ。反乱自体は即座に鎮圧、関与したと思われる43名を抑留しました」 「ちょっと待ちたまえ! 何故そのような重大な事を黙っていた!?」 「何故? ふふっ、おかしな事を訊くのね。何故って、決まってるでしょう。どうせ今みたいに過剰な反応をするから。いつだってそう。あなた方は、必要もないのに、私の弱みにつけ込もうとする。あなた方は、いい、あなた方は国民全体の利益の為だとか嘯いて、その実私腹を肥やすことしか考えていない。だから、みすみす弱みを見せるわけにはいかなかった。そう理解して貰って差し支えないわ」 気怠げな彼女の口元には微笑が浮かんでいる。その唇から紡ぎ出される言葉は、同じく気怠げな、ある種相手を馬鹿にするような響きが含まれていた。 「だったら、何故今頃になって我々を……」 「だから、それを今から説明すると言っているの。黙って最後まで聞きなさい」 「…………」 「ルーファスは秘密裏にある研究を行っていた。即ち、魔物を配下におく方法をね。キメラの類ではない、もっと科学的な方法で。そして、クーデターの際にそれが使われてしまった」 「それと同じものが今も?」 「その公算が極めて高い。だとしたらこれ以上隠しおおせるわけがないし、私としても、これ以上隠し事はしたくはない。前体制の膿は全て出し切りたいの」 「そんな綺麗事で済むと思ってるのか?」 「いえ。でも私にはそうするほかない。然るべき時が来たら責任をとるつもりです。でも今は……力を貸してほしい。あなた達も気付いているはずだわ。今を乗り切らなければ、この国はもう二度と立ち直る事は出来ない」 「我々への見返りは?」 ミトの口元が微かに緩む。しかし、その目は決して笑ってはいない。上目で彼を睨み付けたその顔は、今までに見た事のないものだった。 「……見返り?」 「当たり前でしょう。あなたの失態の穴埋めをするのは私達なんだ」 「どうやら……よく解ってないようね。私は取引に応じるつもりはないのよ」 「交渉決裂ですな」 彼の合図と共に、他の男達も一斉に立ち上がる。そしてミトに背中を向けると、「残念です」とわざとらしく言って、ドアの方へと歩き出した。 「待ちなさい」 「……まだ何か?」 「私がいなくなれば、あなた達は後ろ盾を失う事になる。万が一そのような事態になれば、主権が彼らに奪われるような事になれば、彼らはあなた達を権力の座につかせたままでいるのかしら?」 「…………」 「一つ教えてあげるわ。私は頼んでいるわけではないの。どうなってもいいのよ。権力の座に固執するつもりはない。何故か解る? 彼らに私を倒す意志が、力があるなら、この国は新たな段階へと進む事が出来ると思うから。いつかは王権も廃止される。いえ、そうするわ。私はね、出来る限りその為の道筋をつけてやりたいと考えているの。私とあなた達の利害は一致しない。でも、私の言う事を聞けば、あなた達は負うべきリスクを最小限にとどめる事が出来る。選びなさい。ただし、迷っている暇はないわよ」 「……解りました。あなたに従いましょう」 「いい選択だわ」 「……それでは」 よほど腹に据えかねたのだろう。彼は乱暴にドアを開けると、肩を怒らせながら出て行ってしまった。残りの者も、とまどいがちに互いの顔を見合わせて、それから彼の後を追っていった。 「参るわね」 項垂れたミトが溜息を漏らす。先ほどまでとは違う、いつも通りの彼女に戻っていた。 「あれで良かったんです」 「それは解ってるんだけど……疲れるわ」 「これからどんどん増えますよ。あなたには様々な手管を学んで貰わねばなりません」 「ええ」 「出来る限りのお手伝いをさせて戴きますから、何とか乗り切りましょう」 「ありがとう……シェーナ。次の会議までは一時間あったわね?」 「はい」 「だったら、ちょっと休んでくるわね」 「時間が来たら使いをよこします」 「頼むわ」 ミトは俺の方に顔を向けると、一度だけ明らかに作り物と解る笑みを浮かべてみせた。昔俺が浮かべていた笑みを、今はミトが浮かべている。そうさせてしまったのは他ならぬ俺自身。胸が、ギュッと締め付けられるような気がした。 「行くわ」 立ち上がった彼女は、もう一度だけくたびれた笑みを俺達に向けて、部屋を後にしていった。 シェーナと二人だけになった瞬間、肩にのし掛かるような緊張感が一気に解けていったような気がした。それは彼女も同じだったらしい。先ほどまでの険しい顔が、今は幾分か和らいでいる。 「さっきのシナリオ、あんたが書いたのか?」 彼女は鼻でふんっと笑って、「いいえ」と意味ありげな口調で答えた。 「最近はね、結構自由にやってるわ」 「今朝のもそうだろう?」 「はぁ……」 「何だよ、それ」 「あれには肝をつぶしたわ。いきなり何を言い出すかと思えば……」 「でも、悪くはなかったろ」 「冗談でしょ。あんな言い方はないわ。それに細かい言い回しだって」 「あんただったらどうするんだ?」 「私だったら、もっとオブラートに包んだ言い方をするわよ」 「だからつけ込まれるんだ」 「……言ってくれるわね。これでもやる時にはやるのよ」 「解ってるさ。あんたは側近連中の中じゃ一番優秀だ。比較対象が悪すぎるがな」 「彼らは優秀よ。ただ、それぞれの利害関係が複雑に絡み合っているから、だからうまくいかないのよ」 「そんな事をしているから、国が立ちゆかなくなる」 「私に言っても仕方がないわ」 「全くだ」 「そう、忘れるところだった。昨日の件だけどね、一応洗い出してみたわ」 「そうか? 早いな」 「一部だけ。全てを終わらせるにはまだ時間がかかるわ。はい、どうぞ」 彼女が差し出してきたのは束になった書類だった。それぞれに兵士達の詳細な情報が記されている。 「結構多いな」 「まあね。仕事にあぶれた者達が色んな所からやってくるから。それでね、一つ気になったんだけど」 「何だ?」 「ルハーツ女王の行った粛清を?」 「……いいや、そんな事が?」 「ええ。山間部には鉱山やら何やらが多いからね。懐柔できなかった所は武力で無理矢理。最後まで抵抗を続けた者は皆殺しにされた。バッサ族、クルメイ族、マヌイ族……そこの出身者達の名前もちらほらあったわ」 その話を聞きながら、朝会ったユーリという男の事を思い出していた。あのミサンガは、確か、どこかの部族の伝統的な装飾の一つだった筈だ。そのような事を考えながら、リストの中から「ユーリ・カルバ」という名前を探してみる。しかし出てきはしない。もちろん、あれが偽名でないという確証もないのだけれど。 「どうかした?」 「いや、ちょっと気になる事があってな。でもいいんだ。気のせいらしい」 「そう? でも、何かあったらすぐに言うのよ?」 「ああ」 「それから、これは仕事とは関係ないんだけどね」 「何だ?」 「イリアちゃんと何かあった?」 イリアという名前を聞いて、思わずドキッとしてしまう。どうしてシェーナがあいつの事を口にする? そのような疑問を胸に抱きつつ、とりあえずは冷静を装って、彼女の顔をじっと見つめた。 「別に。どうしてそんな事を?」 「ここに来る前、彼女にあったのよ。とは言っても、擦れ違った程度だけどね」 「それで」 「最近あなたとはどう? って訊いたら、何か難しい顔しちゃって」 「……あんた、何余計な事訊いてるんだよ」 「だって、話す事がなかったんだもの」 「だってじゃない。なら話さなきゃいいだろうが」 「もう済んだ事はいいじゃない。そんな風にいじいじ言ってたら嫌われちゃうわよ?」 「な……」 「で、何かあったの?」 「知らねーよ。あいつが勝手にプリプリしてるだけだって」 「またそんな事言う。あの年代の女の子は色々と複雑だから、あなたが何とも思ってない事でも傷ついたりするものよ。何か心当たりがあるんじゃない?」 「…………」 「話し合いなさい。彼女の言う事をしっかりきいてあげる事ね」 一人廊下を歩きながら、先ほどのシェーナの言葉が気になっていた。確かに、最近の俺とイリアはお世辞にも良いとは言い難い関係で。何かと喧嘩になるし、どことなく気まずい空気があるのも確かだった。でも、だからといってどうすればいい? あいつの話だったらいつでも聞いてるし、そりゃあ文句をつけてばっかいるかもしれないけれど。 部屋の前間出来たところで、中からドスドスと走り回る音が聞こえてきた。「何だろう?」と思いながらドアを開ける俺。そこには、俺に背を向けてベッドで寝るイリアの姿があった。 「帰ったぞ」 返事はない。俺は溜息をつきながら、そのまま彼女のベッドにどすんと腰を下ろす。 「何やってるんだ? ふて寝か?」 「…………」 「シェーナがお前の事話してたぞ。様子が変だったって。何かあったのか?」 「…………」 「…………」 「…………」 「俺達……最近うまくいかないな。どうしてなんだ?」 後ろに寝転がっていたイリアがごそごそと動いている。どうやらこちらに身体を向けたらしい。俺は決して振り向きはしなかったけれど。 「解らないの?」 感情を抑えた、喉の奥から絞り出したような声だった。その存在感に、思わずハッとしてしまう。 「シオンじゃないか……何もかも、自分の好き勝手にやって。何でも私のせいにして。私の気持ちなんて何も考えないで」 「何を言ってる……」 「最近、私の事ちゃんと見てくれた事ある? 私の話をちゃんと聞いてくれた事……勝手に勘違いして、イライラして、私にあたって。あたるのはいいよ。でも……ちゃんと私の目を見て!」 「……悪いけど、お前が何言ってるかサッパリわかんねぇ」 「もういいよ!」 俺の背中を思い切り殴って、サッとベッドから起きあがるイリア。 「何すんだよ!」 流石の俺も黙ってはいられなかった。俺のすぐ前までやってきたアイツをギリッと睨み付けて、口悪く怒鳴りつけてやる。 イリアの奴も、俺の顔を思い切り睨み付けると、何も言わずにドアの方へと歩いていった。 「おいっ、どこに行く!?」 「ニールさんの所だよ! シオンなんてもう知らない!」 頭の中が真っ白だった。しかし、次の瞬間には思い切りドアを閉める音が響き渡って、その音に俺は我に返った。 「畜生……」 誰もいない部屋の中で、絞り出すようにしてその言葉を吐き捨てた。 ベッドの上に座ったり、死んだように寝たふりをしてみたり。その間にも、決してイリアの事が頭から離れはしなくて。思い返してみれば、ここに来てからと言うもの、勝手にニールに嫉妬して、イライラして、あいつに当たり散らして。嫌われるのも当然か。俺は一体何をしていた? ひたすらあの男を貶めるような事を言って、あいつから興味をそらそうとしていた。我ながら最低な男じゃないか。 いや、そもそも何でこんなにも頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ? あいつの事を考えていると、俺は俺でなくなる。アイツは俺の大嫌いな女の筈だったのに、どんどん興味を持っていって。アイツの中に安らぎや救いを求めているといったらその通りで、だったら、ただ依存しているだけに過ぎなくて。でもそうじゃないんだ。俺にとってあいつは特別で、自分の命を捨ててまで守りたいと思ったのはあいつが初めてで。その決意をした時から、俺の中である感情が生まれていたんだ。 もう手遅れかもしれない。だけれど、このままあきらめるわけにはいかない。意を決した俺は、拳をぎゅっと握りしめて、すっくとベッドから起きあがった。イリアに謝らなければならない。それからこの気持ちを……伝えなければならない。 ニールの部屋へと続く廊下には、誰一人擦れ違う者もいなかった。壁に据え付けられた蝋燭はゆらゆらと揺れて、辛うじて暗闇に明かりを添えていた。 ジッと音を立てて、蝋燭の炎が一斉に消えていく。目の前の視界が一気に黒で塗りつぶされて、後に残ったのは、焦げ臭いにおいだけだった。 その場に立ち止まった俺は、とりあえず辺りを見回してみるけれど、やはり人の気配などは一切無い。偶然消えただけか? そう思いながら歩こうとしたのも束の間、背後に誰かの気配が現れ、それに気付いた時には、喉もとに刃を押し当てられていた。 「おっと、動くんじゃない。下手な事をしたら、喉もとにコイツが食らいつくぞ」 酷く擦れた囁き声が響き渡る。きっと声を変えているに違いなかった。だとしたら、俺が知っている者の犯行という事か? それとも単に証拠を残さないようにしているだけ? 「どういうつもりだ」 「例の件から手を引け」 「例の件?」 刃の腹が喉もとにぐいと食い込む。どうやら、徒に猶予を与えるつもりはないらしい。そんな風に冷静な判断を下しながらも、体中からじっとりと嫌な汗が噴き出して、心臓の鼓動も、相手に聞こえてしまいそうな程に跳ね上がっていた。 「おとぼけはよせ」 「引かないと言ったら?」 「随分と余裕だな。今の状況を理解していないわけじゃあるまい?」 「理解はしているつもりだぜ。お前には俺を殺す事は出来ない。もしそのつもりならば、もうそうしている筈だ。俺を生かしていく利点もないだろうしな」 「無用な殺生は好まん。今ここで手を引くと誓うならば、これ以上手出しはせん」 「イヤだい」 「何だと?」 「嫌だと言ったんだ、このクソ野郎!」 「ふっ……生意気な小僧だ。確かに、俺にはお前を殺すつもりはない。だが仲間の皆が俺のような奴とは限らんぞ」 「何が言いたい」 「お前の連れ……今どこにいる?」 「…………!?」 「ふふっ、動揺の色を露わにしたな」 「……イリアをどうした?」 「さあな、お前次第だ」 「あいつに指一本でも触れたら許さんぞ」 「いくらでも吠えろ」 ののしるような言葉を吐き捨てながら、握りしめた手の中で小さなヘカを作り出していく。もしもこいつの言っている事が正しければ、俺が手を引いたからといって、イリアが安全になるという保証などどこにもないだろう。口ではもっともらしい事を言いながら、それを裏切るのはこういう人間の常套手段だ。 「アイツにもしもの事があったらーー」 「ほう、一体どうするんだ?」 「こうするんだ!」 完成したヘカを一気に解き放ってやる。威力はほとんど無いに等しい。それでも、目眩まし程度にはなってくれる筈だ。 「なっ!?」 一瞬ひるんだ奴の手首を握りしめ、何とかナイフを自分から遠ざけた。そのまま奴の方に振り返って、ナイフを取り上げようとする。しかし、奴とてそうさせるわけにはいかず、躍起になってブンブンと手を振り回している。俺は両手で奴の手首を握りしめると、反動利用して、一気にナイフを振り下ろしてやった。鈍い感覚と共に奴の肉を抉る刃先。先端が骨に触れて、ゴリっという嫌な感覚が伝わってくる。 「畜生!!」 奴は俺の身体を蹴飛ばすと、そのまま、逃げるように立ち去ってしまった。 一方の俺は、ニールの部屋めがけて、勢いよく走っていく。そして暗がりの中に部屋を見つけると、何のためらいもなくドンドンとドアを叩いた。 「ニール、ここをあけろ! あけてくれ!」 すぐさまドアが開いて、そこに立っていたのはキョトンとしたニールその人だった。 「どうしたんです? こんな時間に」 「イリアは……イリアはいるか!?」 「イリアちゃん? さあ……来てませんけど」 「来てない?」 「ええ、大体彼女がここに来た事なんてありませんよ」 「そ……そうか」 完全に混乱していた。心臓がばくばく言って、不安が止めどなく沸き起こってくる。 「悪かった。ならいい」 吐き捨てるように言うと、返事を待つことなく、自室へと向かって走っていった。 部屋まで戻ってきた俺は、ドアの下から光が漏れている事に気がついた。少しだけ希望が生まれて、それでも、「もしもイリアがどうにかなっていたら」という不安が沸き起こってくる。 だが、いつまでもここに立ちつくしているわけにはいかない。意を決した俺は、ドアノブに手をかけると、それを勢いよく引っ張った。 「シオン……?」 「え……」 ベッドの上にはイリアが、きょとんとした顔でこちらを見つめている。それを見て、一気に体中から力が抜けてしまって。それでも、何か変わった事はないかと辺りを見回しながら、ゆっくりと彼女の方へと近づいていった。 「ええとね……その……さっきはごめんね?」 「いや、いいんだ。お前の方は無事か?」 「無事? うん、別に私は何ともないけど」 「本当に何もなかったのか?」 「当たり前だよ! 一体何があったって言うんだよ!」 「え? だから……そのだな……何でもない」 そうして、イリアの隣に座って、もう一度だけ辺りを見回してみる。しかし異常らしい異常は見あたらない。 「変なシオン」 「イリア」 「ん?」 「もう二度と俺から離れるんじゃないぞ」 「え……い、一体何言ってるんだよ……シオン」 「いいな」 「あ……うん。解った」 「お前の事は俺が守ってやるから」 「シオン……」 彼女の手が俺の胸に触れて、その手は身体の輪郭をなぞりながら、いつの間にか背中へと回されていた。俺の胸に顔を押し当てて、イリアの奴がぎゅっと抱きついてくる。その表情を見る事は出来ないが、俺を抱きしめる手が、甘い香りが、今の彼女の事を饒舌に物語っているように思えた。 「お……おいっ、お前何やって……」 「今言ったでしょ? 俺から離れるんじゃないって」 「あ……いや……それはだな……そういう意味じゃなくてだな……」 心臓が早鐘のように打っていた。さっきの出来事を話したら、きっと彼女を不安にさせてしまう。でも、この状況は冷静さを欠いた俺でもヤバいと解る。全く、こいつもこいつだ。一体何を考えてるんだか。 「私じゃ……嫌?」 「バ……バカッ! 何言ってやがる!」 「もう、バカバカバカバカ言わないでよ! 物凄く恥ずかしいんだから!」 「ご、ごめん……」 「私、ニールさんの事なんて好きじゃないよ」 「イリア……もういいから」 「そうじゃないの。シオンがどう思ってるか知りたくて、だからあんなふりして……私ね、シオンの事が大好きだよ。自分でもよく解らないけど、シオンの傍にいるのが一番落ち着く。シオンが笑ってくれると凄く嬉しい。でも、最近はぎくしゃくしてばっかで、自分のせいだって解ってるのに……でも……」 「俺も……色々考えたよ。お前がそうしなかったら、きっと今でも答えを出せなかったと思う」 俺を抱きしめる彼女の手にギュッと力が入る。その気持ちは痛い程よくわかるから、だから、中途半端な事はしたくはなかった。一言一言を噛みしめるように、自分の気持ちをそのまま伝えられるように、慎重に言葉を選んでいく。 「ザードが初めてお前の写真を見せてきた時に抱いた気持ち……今なら解る気がする。だってそうだろ? そうじゃなきゃ、お前がニールの事を嬉しそうに話す度に、ザードと重ねる度に、こんなに苦しくなんてならねぇよ」 「シオン……私……シオンならいいよ」 「お前……」 ゆっくりと彼女の身体を自分から離す。彼女は俯いたまま、ぴくりとも動こうとはしない。俺は彼女の髪の毛を何度か撫でてやると、その手を顎に回して、優しく顔を上げさせた。 俺の顔を見つめながら、視線だけは必死に下げようとするイリア。そんな彼女をじっと見つめながら、徐に顔を近づけていく俺。その意味を悟ったであろう彼女が、反射的に目を閉じる。 きっと、それがきっかけだったのだろうと思う。俺の中で急に実感が沸いてきてしまって。気がついたら、ほんの微かにだけれど、唇が震えてしまっていた。 どうしよう、と考えているうちに唇が触れあう。唇を啄むような口づけを一度だけ。体中がカァっと熱くなる。頭がのぼせてしまって、彼女を見つめたまま、身動きがとれなくなってしまう。 「シオン……震えてたでしょ?」 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ドキリとするような事を平気で口走ってくれるイリア。胸の辺りが酷くざわついて、緊張が一気に頂点まで上り詰めていく。 「ああ、もう、そんな顔しないでよ。私だって物凄く緊張してたんだから。でも……ちょっとね、嬉しかったんだ。シオンと一緒で」 「ほんのちょっとだ。ちょっと緊張してただけだっての」 虚勢を張りながら、彼女の身体を一気にベッドへと押し倒した。 「きゃっ」 彼女は頬をうっすらと朱に染め、チラチラと俺の顔を見つめていた。さっき見せてくれた元気な顔も、きっと照れ隠しに違いなかった。 「……俺でいいんだな?」 いつになく真剣な面持ちで訊ねてみる。彼女は俺の顔をじっと見つめると、にこっと笑って「シオンじゃなきゃ嫌だよ」と答えてくれた。 「でも、灯りは消してほしいかな」 再び俺から視線を外して、今度はボソリとそう呟いた。 彼女に体重をかけないようにしてベッドから降りて、机の上に置いていた蝋燭の明かりをフッと吹き消す。光を失った世界はあっという間に紺碧の色へと染まっていく。 ベッドの方に振り返ると、彼女は腹の辺りで両腕を組んで、虚ろな目をじっと天井に向けていた。 「何考えてるんだ?」 上着のボタンをいくつか外して、彼女の隣にごろんと寝ころぶ。 「何か不思議だね」 「何が?」 「私達、こんな風になるとは思いもしなかった。何だろう、私の中のシオンは……ふふっ、やっぱやめとく」 「何だよ。気になるじゃないか」 「う〜ん……怒らない?」 「話による」 「じゃ、言わなーい」 「ちぇっ、解ったよ、怒らねぇから言ってみろよ」 「ホント?」 「ああ、本当だ」 「私の中のシオンはね、そう、赤ちゃんみたいな感じだったの」 「何だそれ」 「だって、いっつもワガママばっか言うし。イヤだいイヤだいってさ。何か、子供をあやしてるお母さんみたいな感じだったよ」 「改めて言われると恥ずかしいけどな。俺にとって心の底から甘えられるのは、やっぱ、お前だけだったんだ」 「でもね、本当は違ってたんだ。シオンはいつも私の事を考えてくれていて、気を遣ってくれていて……甘えてたの、私だったんだ」 「そんな事ーー」 「それに気付いてから、私の中のシオンは物凄く大きな存在になっていって……そんな時だったんだ。異世界で……あんな事になるとは思わなかった」 「もう終わった事だ」 「やっぱり、大切なものは失くして初めて気付くんだよ。私の中でシオンがどれだけ大きな存在だったか……どれだけシオンの事が好きだったか……」 イリアの髪の毛にそっと触れる。彼女の上に身体を重ねて、もう一度だけ口づけをした。眉間に皺を寄せて、ギュッと目を閉じた彼女の顔を、じっと見つめながら。 目を開いた彼女はキョロキョロしながら、決して俺の顔を見ようとはしない。俺が恥ずかしいと思っている以上に、きっと彼女の方が余程恥ずかしく思っていて、緊張しているに違いなかった。 だから、迷ってはいけない。中途半端な事をしてはいけない。これ以上、こいつに無理させるわけにはいかなかった。男なんだから、惚れた女に恥かかせられるか。 「怖がらなくていいからな」 「怖くなんて……ないもん」 「嘘ついてんじゃねぇよ。震えてるくせに」 「……シオンだって、さっき震えてたじゃん」 「俺の顔見ろよ」 「うん……」 「お前の嫌がる事は絶対にしないし、お前を傷つけるような事も絶対にしない。だから心配しなくていい」 応える代わりに、彼女はにっこりと微笑んでくれた。いつもの元気満タンな笑顔じゃなかったけれど、それが自然な笑顔だったから、物凄く嬉しかったんだ。 目の前に生まれたままの姿になったイリアが横たわっている。両腕で身体を隠して、逃げるように顔を横に向けながら。一方の俺はと言えば、心臓はバクバク、頭の中は今にも真っ白になってしまいそうだ。どうすればいい、どうすればいい、と何度も自分に問いかけるのだけれど、経験もない俺には解るはずもなくて。それでも、このまま固まっていたら、彼女に焦っている事を気付かれてしまう。とにかく、何とか先に進めなければならなかった。 「いいか?」 彼女の両手首をそっと握って、それをゆっくりと左右に開いていった。彼女は「あっ」と不意をつかれたように声を漏らしたけれど、決してそれを拒みはしなかった。きっと、拒めはしなかった、というのが正しいところなのだろうけれど。 声を出す事が出来なかった。初めて見る彼女の身体は、息をのむ程瑞々しくて、劣情を抱くのが罪になる程美しくて。俺は唾をゴクリと飲み込むと、震える手で彼女の小振りな胸に触れた。 「痛っ……」 反射的に手を引っ込める。あまり強く握ったつもりはなかったけれど、知らないうちに力が入っていたらしい。 「ご、ごめんっ」 「ううん。でも、もう少し優しく触れてくれると……ね?」 「あ、ああ。気をつけるよ」 とは言うものの、今のままじゃ、どう力を加減して良いか全く解らなくて。彼女の髪の毛を撫でながら、少しの間考えていた俺は、微かに汗ばんだ首筋へとそっと口づけをした。もちろん両手で身体を支えて、決して彼女に体重をかけないようにして。 「ひゃっ……」 「これ、イヤか?」 「う……ううん。変な感じだけど……気持ちいいよ……」 気持ちいいーーその言葉が凄く嬉しかったんだ。俺には経験もテクニックもないし、だから、彼女には無理をさせるだけだと思っていたから。 首筋に触れた舌を、ゆっくりと胸の方へと下ろしていく。彼女の肌にぬらりと艶めかしい跡がついて、それはあっという間に薄闇の中へと溶け込んでいく。そして、なだらかな丘の上でぷっくりと膨らんだ蕾を口に含んだ瞬間、彼女の身体がビクッと震えた。 「あっ……」 いつものアイツからは想像もつかない、鼻にかかった甘ったるい声だった。 視線だけをゆっくりと上げる。薄闇のヴェールに遮られたその先で、彼女は唇に手の甲を押し当てて、必死に声を抑えているらしかった。 下半身が止めどなく熱くなっていく。それを抑えられるわけがなかった。必死に声を抑える彼女をじっと見つめながら、身体の輪郭をなぞるように右手を滑らせ、そして一枚だけ残った下着の中へと手を潜り込ませていく。 じょりじょりとした感覚があって、すぐに湿り気を帯びた、柔らかい肉が指先に触れた。 「やぁ……ちょっと……シオ……」 指を上下に動かす度、中から染み出てきた僅かな液体が、粘り気のある小さな音をたてる。 「イリア、気持ちいいか?」 「バ……バカッ! そんな事訊かないで!」 「す、すまん」 思わず指を止めてしまう俺。どうしたらいいか解らなくなってしまう。 「どうしたの?」 「あ……いや……その……」 「や……やめなくてもいいんだよ? だから……ええと……イヤじゃないから……うん」 「それじゃあ、邪魔だから下着……とっちゃうぞ?」 「……うん」 心臓がドクドク波打っていた。何言ってるんだ自分、なんて思いながら、心のどこかでそうしたいと望んでいる自分がいて。でも、どうしようもなく緊張して、頭の中が真っ白になってしまって。 彼女の方に顔を向けたまま、のそのそと後ずさりしていく。その間、彼女は天井を見つめたまま動こうとはしない。大切なところを隠すように、くの字に曲げた足をくっつけたままだ。 足下までやってきた俺は、両足の上に覆い被さる格好になると、下着の両端をギュッと握りしめた。今度は何も声をかけずに、それをずりずりと下ろしていく。しかし、閉じた足が邪魔で、なかなかうまくいかない。 「ちょっとだけ、足開いてくれねぇか?」 「う……うん」 彼女の足が微かに開いて、今度はするりと下着が脱げる。そして、足の間に割って入ると、剥き出しになった彼女自身に指の腹を沈めていった。あまり深くまではいかない。それでも、爪が見えるか見えないかの所までは無理なく入っていく。 「声、我慢しなくていいぞ?」 応える代わりにぶんぶんと首を振るイリア。彼女自身からは、決して多くはないけれど、液体が少しずつ出てきて、俺の手の甲をしっとりと濡らしていた。俺は指の動きを止めると、今度は少し上にある蕾にそっと触れた。 「やっ……!?」 「今の、痛かったか?」 「う……ううん。何かピリッとしたけど……なんだろう……変になっちゃうみたい……」 「こうか?」 手探りで皮をめくって、その中にある豆を優しく撫でてやる。 「あん……や……やだぁ……変だよ……何か変……」 「気持ちいいのか?」 「う……うん……そうだけど……でも……ああっ!」 それまでにないくらい、彼女の身体が大きく震える。両足をだらんと伸ばして、荒い息をハァハァと吸ったり吐いたりするイリア。その目は虚ろで、顔はほんのり上気している。 「大丈夫か?」 「はぁっ……はぁっ……う……うん、大丈夫。でも……」 「どうした?」 「シオン、まだ全然……」 「俺はいいって」 「ううん、最後まで……ね?」 「それじゃ……いくぞ」 「う……うん」 「ここでいいんだよな?」 「わ……私に訊かないでよ、そんな事。わかんないって」 「解らないって、お前の身体だろう?」 「そうだけど……普段見たりしないもん」 「そんなもんか?」 「そんなもんだよ」 「まあいい。それじゃ、いくからな」 「……うん」 「痛かった言うんだぞ? すぐにやめるから」 「大丈夫だよ、私は」 「それでも、だ」 「うん、ありがと」 指先で場所を確認しながら、自分のものをゆっくりと沈めていく。しかし、ある程度まで入っても、その先までなかなか進む事が出来ない。まるで弾力性のある壁に阻まれているような、そんな感じだった。 「ちょっと力入れるけど、大丈夫か?」 無言のままこくりと頷くイリア。俺は両手で身体を支えながら、腰を使って、自分自身を彼女の中へと押し込んでいく。 「っ……」 イリアの顔に苦悶の表情が浮かんだ。あっ、と思った俺は反射的に動きを止める。だが、うっすらと目を開けた彼女は、俺の顔を見るなり、ブンブンと顔を振ってみせた。 「大丈夫だから……やめないで……」 「でも……」 「中途半端なのは嫌だよ……シオンと……シオンと一つになりたい……だって……だって私……」 「お前……解った。もういいから、お前の気持ちはよく解ったから。それじゃ、少しだけ我慢してくれな。出来るだけ痛くないようにするから」 「うん」 明らかに作り物だと解る笑みだった。本当は痛くてたまんない筈なのに、今にも泣き出しそうな顔してるくせに……畜生! 心の中で叫びながら、ゆっくりと腰を沈めていった。少しずつ彼女の眉間に皺が寄って、小さな唇から嗚咽が漏れる。 「背中、ギュって抱きしめてろ。爪たてていいから」 耳元で囁いて、押しつけるように唇を重ねた。彼女の熱い吐息が喉を焼き付け、ニュルンという感覚と共に、一気に腰が沈んでいく。 「うぐっ……」 くぐもった声が口腔内で響いた。背中に立てていた爪が思い切り食い込んで、鋭い痛みが一気に駆け抜けていく。その瞬間だった。彼女の中がキュッと締まって、俺は為す術もなく、大量の精を放っていた。 脱力するに任せて、彼女の上に身体を重ねる。荒い呼吸をしながら上下する二人の胸。素肌を流れ落ちる玉の汗。二人を包む熱く湿った空気。気怠い身体を少しだけ上げた俺は、徐に彼女と唇を重ねる。そしてその目をじっと見つめ、今まで心の奥にしまい込んできたその言葉を口にした。 「イリア……お前の事が好きだ」 彼女のくれた答え。それは穏やかな笑みと、羽のように軽い口づけだった。 |
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to be continued... |
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。最近シオイリの裏を書いて欲しいという要望を多数頂くようになったので、私なりに応えてみましたが、如何だったでしょうか?当初はもう少しソフトになる予定でしたが、ちょっとシオイリにしては過激すぎた感がありますね(^^;ご気分を害してしまったなら申し訳ありません。。。そろそろストーリーも中〜終盤に入って参りましたが、最後までよろしくおつきあい下さいませ。 >>>執筆裏話はコチラから(雰囲気を壊したくない方はご覧にならない方がよいです/笑) |