DAY20 Iria
この戦いを通して何を得たというのだろう? 私達は大切な「何か」を失うまいと、ただがむしゃらに走り続けた。全てはその為だった。この世界を救いたいとか、英雄になりたいとか、そんな大それた事じゃない。ただ当たり前のように過ごしてきた毎日を護りたかった。それなのに、一体誰がこのような結末を望んだと言うのだろう? あの日以来ジェンドさんは眠ったままだ。カイ兄さんはずっと側に付き添って、日に日にやつれていって。いくら休めと言っても休もうともしないし、きっと食事もろくに食べてないんだと思う。シオンもどこか様子がおかしい。私の前では笑顔を見せようとするのだけれど、時折ふっと悲しげな顔をして。私達はただ失ったものの大きさに愕然とし、項垂れる事しか出来ないでいるのだ。このままでは皆がダメになってしまう。そう思うのだけれど、結局は何もできなくて。それがたまらなくもどかしくて。 そして今日、私達はアドビスを離れようとしている。理由のない焦燥と無力感に捕らわれながら、逃げるように街門へと向かっていた。 互いに言葉を交わすこともない。ただ人の波を縫うようにして歩いていくだけ。彼が何を考えているのか、それは私にはわからない。何故アドビスを出ようと言ったのかも。私にはその理由<わけ>を問うつもりもなかったし、まして抗うつもりもなかった。彼がそう決めた、私を納得させるにはそれだけで十分だったのだ。 「黙って行かれるのですか?」 その声を雑踏が飲み込んでいく。普通ならば聞き逃していたであろう。しかし、それは私達にとって特別だったのだ。清らかな水のように透き通った女性の声。いかなる雑音をもっても侵すことは出来ない、強い力を持った声だった。 少し遅れてシオンが足を止める。しかし振り返ろうとはしない。 「……ああ」 躊躇いがちに視線を横に向けてみた。そこに見たのは酷く青ざめた彼の顔。地面をじっと見つめたまま、雑踏の内に生まれた沈黙に、ただひたすら耐えているようだった。 「王制を廃止しようと思っています。今すぐには無理でも、ゆっくりと、時間をかけて」 「…………」 「この国は変革を求めている。きっとそうなのだと思います。今という時代の、そして国民達の求めているものは、お父様の時代のそれとは随分と変わってしまったのかもしれない。一つの形にとらわれる必要なんてない。確かにその通りです。だけれど、一度作り上げてしまったものは、それがいかにいびつな形になろうとも、なかなか手放すことは出来ない。今が好機だと思うのです。お兄様……私に力を貸しては頂けませんか? この国は未だかつてない苦難の時を迎えることになるでしょう。私一人の力では到底乗り越えることなど出来ない。しかし皆で力を合わせればもしくは……私の追い求めてきた理想を、一緒に叶えてはもらえませんか?」 ゆっくりと私の方に顔を向けるシオン。その顔は迷子になった子供のように心細げで、助けを求めているようにすら思えた。 そんな彼ににっこりと微笑みかけてやる。彼が求めているのは答えではないと、私には解っているから。ほんのちょっぴりの勇気と後押し。それだけでいい。それを与えられるのは私だけなんだから。そう考えると、何だか嬉しかった。 シオンの顔がみるみるうちに弛んでいく。それから無邪気な子供のようににっこりと笑って、それは久しぶりに見せてくれた笑顔だった。 「仕方ねぇな」 そう言いながらゆっくりと振り返る。いかにも尊大そうな口調。初めて逢った時の彼のようで、何だか笑いがこみ上げてくる。 「そんなに言うなら手を貸してやるか」 にっこりと笑う彼女。シオンも照れくさそうに笑ってみせた。 それは私達が踏み出した新しい第一歩。この国で止まってしまった彼の時間も、今この瞬間から動き出すのだろう。 |
to be continued...
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