城下はかなりの人でごった返していた。昨日見た様子からは想像できない程だ。 マーチングバンドの陽気な音楽にあわせたパレード、数え切れないほどの出店、街中に響き渡る歓声ーー行き交う誰もが楽しそうな顔をしていて、この国にもまだこんな活気が残っていたのかと、心の中でほっと息をついている自分がいた。 「うわーー凄い人だね!」 「迷子になるなよ?」 「ふふ〜ん。シオンがちゃんと付いてきてくれたら迷子になんてならないよーだ」 「ああ、そう言えばそうか」 「へへ、納得した?」 「ん……まあ取りあえず納得しといてやるよ」
それから二時間くらい経っただろうか。 俺達は出店で買い物したり、ゲームをしたり、本当にこれでもかっていうくらい遊びまくった。子供みたいにはしゃいで、こんなに楽しかったのは久しぶりだったと思う。イリアも本当に楽しそうで、そんな彼女の顔を見る度に嬉しくて仕方がなかった。 しかしさすがの彼女も疲れたのか、満足だ、という風な顔をしながら、今は道ばたに置かれた椅子にぐったりと座りこんでいる。一方の俺は、壁に背をつけて休みながら、行き交う人々の波をじっと見つめていた。人種から何から本当に様々であったけれど、その顔には一様に楽しげな笑みが浮かんでいた。そんな幸せそうな光景が移り変わっていく中、ある少年が視界に入った瞬間、俺の目はぴたっと動きを止めた。茶色いフードをかぶった彼は微動だにせず、一人立ち竦んだまま、彼の周りだけが異様な空気に包まれていた。 俯いているせいで顔を見る事は出来ない。しかし俺は彼が「彼」である事を知っている。理由など無い。ただそう確信しているのだ。そして彼がゆっくりと顔を上げた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激しい衝撃が体中を走った。
そこにいたのは紛れもなく幼い頃の俺自身だった。
「どうして」と呟きながら、躊躇いがちに右手を差し出す。 彼は幾度か唇を動かして、その幼い顔に、冷たい微笑みをフッと浮かべた。 「王子」 いきなり飛び込んできた声にハッと我に返った。 「それにイリアちゃんも。ここにいたんですね」 一瞬の躊躇の後、ぎこちない動きで声のした方へと振り返っていく。不思議そうな顔をしたカイは、俺を見つめたまま、微かに首をかしげていた。 「ああ、どうしたんだ?」 「すぐに見つかって良かった。女王がお会いになるそうです」 「そう……か」 それからゆっくりと視線を戻していった。しかし、そこに彼の姿を見つける事は出来なかった。
「単刀直入で申し訳ないのですが、早速本題に入らせて頂きます」 俺達の顔を見るや否や、早速話を切り出してくるミト。その顔には色濃い疲労が浮かび上がっている。心なしか、声にも張りがないように聞こえた。 「まずは情報の整理と共有をしておいた方が宜しいでしょう。昨日簡単にはうかがいましたが」 「ああ、そうだな。それじゃあ俺からもう少し詳しく話しておこう」 「お願いします」 「リルハルトの街がドラゴンに襲撃されたのは知っているな?」 「ええ」 「あの街が偶然選ばれたわけじゃない。ドラゴンはある意志をもってリルハルトを襲った。正確に言えばその意志はイールズ・オーヴァのそれという事になるのかもしれない。そしてその目的はジェンドをあぶり出して手中におさめようという事。それが今から9日前の事だ。しかし俺がドラゴンを倒した事によって、取りあえず奴の企みは頓挫した事となる。そしてカイからアドビスで起こった例の事件について聞いて、それと何らかの関わりがあるのではないかと思った。ダークエルフとアドビス……この二つはある一本の線上にあると考えたわけだ。それでこの国を訪れる事にした。しかし旅の途中でイールズ・オーヴァが現れて……
彼女はさらわれてしまった。それが今までの経緯だ。お前の方はどうだ? ここ最近アドビスで何か変わった事はなかったか?」 「そうですね……直接の繋がりがあるかは解りませんが、魔導研究所の方からいくつか報告は受けています」 「というと?」 「詳しい話は後ほど研究所の方で聞いて頂くとして、私の方からは簡潔にお話ししたいと思います。アドビスに限定された事ではないのですが、オッツ・キイム全域で凶暴化した魔物が町や村に対する攻撃を激化させているとの事です。しかも魔物の存在が殆ど確認されていない地域でも」 「魔物の凶暴化か。確かに何かありそうだな」 「それから、ここ数日の間に著名な魔導士達が次々と失踪しています。いずれの場合も状況証拠から自宅にいる時に誘拐された線が濃厚ですが、特に争った形跡も残っておらず、目撃者もいません。彼らほどの力を持った者が抗うことなくやられてしまうというのは不自然極まりないというのがこちらの見解です」 「かと言って自らの意志でそうしたと考えるのはもっと不自然だと」 「ええ。取りあえず私から提供できる情報はこの位ですね。ジェンドさんの件はアドビス、ひいてはオッツ・キイム全体に関わる大きな問題であると認識しています。ですので、私としても出来うる限りの協力は惜しまないつもりです。アドビスの元首として、そして一個人としても」 その時だった。外から言い争うような声が聞こえて、直後に勢いよくドアが開け放たれる。続いて、何人もの兵士を引き連れた男が部屋の中へと押し入ってきた。ミトは男をじっと睨みながら、その顔には明らかな不快の念が浮かび上がっている。 「どういうつもりですか、ルーファス? 私は今大切なお客様とお話しているのです。即刻立ち去りなさい!」 「私がどういうつもりかなどご存じでしょう? 忠告した筈です。それをお聴きにならなかった貴女が悪い」 「その話ならば後ほどうかがいましょう。ですから今はーー」 「まだ状況を理解されてないようですな。全ては動きだした……今更足掻いたところで手遅れなのです。我々は沈みゆくアドビスで貴女と共に心中するつもりはない。我々星室庁に全権を委譲してもらいましょうか。女王、貴女は無力だ。貴女には何も出来やしない」 鋭い抜剣の音が響き渡り、ルーファスの兵士達は、既に俺達を取り囲むように展開していた。広い謁見の間の奥にはミトが、彼女の横には二人の、そして俺達の前後脇にはそれぞれ左右二人ずつの護衛がいる。入り口にいる二人の兵士は既に取り囲まれて、こちらが圧倒的不利な状況にあるのは明らかだった。 「馬鹿な事はやめなさい! 今ならば何もなかった事として済ませてあげましょう。しかし、これ以上たてつくというならば、こちらとしても看過するわけにはいきません」 「……だから貴女は甘いと言っているのですよ」 ルーファスの剣は緩やかな弧を描き、風を切る鋭い音と共に、肉と骨を断ちきる鈍い音が響き渡った。鮮やかな血飛沫が舞い上がって、彼の傍にいた護衛がその場に崩れ落ちる。 「ルーファス!!」 ミトの悲痛な叫び声が響いた頃には全てが終わっていた。立ち上がった彼女はわなわなと震えながら、血にまみれた兵士を凝視していた。その顔からは血の気が失せ、紫色に染まった唇をただパクパクさせているだけだった。 「あなたという人は……自分で何をしたか解っているのですか!?」 「ふん、大げさに騒ぎ立てるのは止しなさい。一人の犠牲で全てが変えられるならば、その対価としては安かろうに。後は貴女の出方次第ですよ、女王様?」 「……言いたい事はそれだけか?」 「何?」 「言いたい事はそれだけかと訊いたんだ、ルーファス」 ゆっくりと顔を上げながら、奴の顔を思い切り睨み付けてやる。ようやく俺の存在に気付いたのか、奴は口元を微かに歪め、フッと嘲るように笑ってみせた。 「おやおや、誰かと思えば我らが王子様ではありませんか。お亡くなりになった筈の貴方がこの国で何を?」 「お前は昔からそうだったな。愛想笑いを振りまきながら腹に一物あったってわけだ」 「何を今更……男たるもの野心の一つや二つ抱いて当然で御座いましょう?」 「慢心は身を滅ぼすと言うぞ。一体お前に何が出来る? 何を変えられると言うんだ?」 「この国の全てを。それを邪魔だてする者は例え王とて許しはしませぬ」 「一つ忠告してやろう。妹に指一本でも触れてみろ、ただでは済まさんぞ!」 「どうすると言うのです? 貴方こそ周りをよくご覧になった方がーー」 その瞬間、指先に集中させていた気を一気に解き放った。一条の矢と化した光の刃は、甲高い音をたてながら空を切り、奴の頬を鋭く抉っていった。少し遅れて、一筋の血が頬を零れ落ちてゆく。 「っ……!?」 「次は外さんぞ。お前達がどれだけ数で勝ろうとも、ウィザードを一突きする術をも知りはしまい?」 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるルーファス。一度だけ震えた手で握りしめた剣を俺達に向けたが、舌打ちをすると、それをすぐさま収めてしまった。 奴らが一気に攻めてきたなら、きっと術を唱える間もなくやられていただろう。しかし今回ばかりは、ウィザードに対する偏見に救われたようだ。 「一旦引くぞ!」 その言葉を合図に退却を始める兵士達。その様子と俺達を交互に見つめてから、奴は再び舌打ちをして、謁見の間から立ち去っていった。 ミトの護衛は依然として陣形を崩すこともなく、ただ事態の行く末を見守っているようだった。後を追った所で、勝機がないのは明らかだったのだ。 しかし、安心したのも束の間だった。俺達の側にいた護衛兵が剣を抜いて、奴は奇声をあげながら、ミトめがけて勢いよく走り出したのだ。 「ミト!!!」 「女王!!!」 俺とカイの叫び声と共に、剣と剣がぶつかりあう鋭い音が鳴り響く。ミトの側にいた護衛兵の振り上げた刃は叛乱者のそれを弾き飛ばし、返す刀で奴の首筋を切りつけていた。 獣の咆吼のような断末魔の叫び声が響きわたる。男は為す術もなく崩れ落ちて、その鈍い音の後に、異様な静けさが訪れた。 ミトは力なく椅子にへたりこんで、紫色に染まった唇を震わせながら、カチカチと歯を鳴らしていた。目玉をギョロギョロさせながら、その視点は決して定まろうとはしない。 「大丈夫か、ミト!?」 その問いかけに声もなくガクガクと頷くミト。 しかし静寂が長く続く事はなかった。追い打ちをかけるように、城のどこからか爆音が鳴り響いて、それに無数の悲鳴が後に続いた。 「な……何が起こったというのです!? あ……あの音は…………一体何が……」 痛々しいほどに震えた声を漏らすミトを尻目に、カイの顔をじっと見つめる。彼も同じ事を考えていたらしい。互いに頷きあうと、ミトを助けた兵士の方へと視線を向けた。 「俺達が様子を見てくる。後の事は頼んでいいか?」 「ええ、お任せ下さい」 「私も行くからね!!」 割って入ってきたイリアは、懇願するような目で俺を見つめていた。しかしそれを受け入れる訳にはいかない。どんな危険が待っているかも解らないのだ。そんな所に、どうしてコイツを連れて行けようか。だが、そんな事を言った所で素直に頷くような奴でもないだろう。 「ダメだ。お前はここに残れ」 「何でだよ!!」 「妹の事を頼む。お前を信用しているから言ってるんだ」 ギリッと歯を噛みしめながら顔を伏せるイリア。その言葉には抗えないと悟ったのだろう。それを見越して、俺がそう言ったのだという事も。 彼女の肩をトントンと叩いてからカイの方へと顔を向けた。そして再び頷きあうと、俺達は爆音の聞こえてきた方へと走っていった。
逃げ惑う人々の間をかいくぐりながら、その先に飛び込んできた光景に言葉を失ってしまう。 石煉瓦の側壁は叩き割ったように崩れ去って、そこに立っていたのは、薄ら笑いを浮かべたルーファスと、彼の背の三倍はあろう巨大な魔物だった。熊のような身体、それに見合わない長く太い腕、鋭い爪と牙ーーそれはアドビスにいる筈のない魔物であり、まして、その凶暴性をもって人間の言う事をきくなど、信じられようはずがなかった。 「お前達が悪いのだぞ。私はこれを使うつもりなどなかったのだ。しかし……まあいい、ヴァルダン、やってしまえ!!」 ルーファスの叫び声に応じて咆吼をあげる魔物<ヴァルダン>。しかし、それは決して服従の意をあらわしたものではなかった。長い腕を勢いよく振り下ろしてルーファスをなぎ払ったかと思うと、続いて奴の首と足を乱暴に掴んで、頭の高さにまで持ち上げてしまう。 「な……何をする!? 止せっ!! 私の言う事がきけないのか!?」 再び耳をつんざくような咆吼が響き渡る。それが答えだと言わんばかりに、ヴァルダンはいとも容易くルーファスの身体を折り曲げてしまった。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 断末魔の叫び声にグシャッという嫌な音が重なる。もはや人間の面影も無い程変形した奴の身体は、無惨にも、硬い床に叩きつけられていた。 ピクリとも動かない獲物を一瞥したヴァルダンは、今度は周りの人間へと興味を移したようだった。腕をブラブラさせながら、逃げ惑う人々の後を追って、ドスンドスンと大股で歩いていく。 「どうしますか!?」 「お前の剣じゃリーチが短すぎるよな……よしんば懐に入り込む事が出来たとして、あの腕にやられるのがいいトコか」 「良くて差し違えでしょうね。それよりも王子の魔法で一気に片付けた方がーー」 「ここで使ったら他の者まで巻き込んでしまう」 「あ……」 「そうだ、中庭だ! あそこなら大技が使える。誘き寄せられるか?」 「ええ、何とかやってみます」 「よし、それじゃあ俺は先に中庭に行って魔法を展開させておく。後は頼んだぞ?」 「解りました!」
中庭までやって来た俺は、ヘキサグラムを描くよう、その頂点に次々と印を結んでいった。出来うる限り素早く、小さな声で呪文を唱えながら、空を切るようにして古代文字を刻んでいく。 その間にも、どこからかヴァルダンの足音が聞こえてきていた。ドスンドスンと、少しずつ大きくなっていく地響きは、奴が近づいている何よりの証だった。 「くそっ……」 どうしようもなく焦ってしまって、感覚を失った指先がブルブルと震えだしていた。そんな益体もない手で空に印を切る俺。また一つ結界が完成して、そこから、赤く染まった光が天に向かって伸びていく。それはあっという間に空を覆い尽くして、差し込んでくる陽の光すら紅に染まっていた。 そして魔法陣が完成したのを見計らったように、両手を振りかぶったヴァルダンの姿が視界の中へと飛び込んでくる。 「カイ、後は俺に任せて魔法陣の外に出てろ!!」 魔法陣の中心に立った俺は、両手を前に突き出すと、素早く術の詠唱に入っていった。 皮膚の上をピリピリとした感覚が駆け抜けていく。髪の毛やマントがブワッと浮かんで、俺を中心とした一つの磁場が出来上がっていく。 それに気づいたのだろうか。鼓膜が破れるような雄叫びを上げると、奴はこちらに向かって、物凄いスピードで走り出していた。徐々に迫ってくる奴の姿が、まるでスローモーションをかけたようにゆっくりと見えていた。その姿を呆然と見つめながら、俺はいつまでも終わらない詠唱を必死になって続けていた。 地面が揺れるごとに脂汗が垂れて、何とも言えない焦りと恐怖がこの身を蝕んでいく。逃れる事など出来よう筈がないのに、どうにかして逃げ出したいと思っている。極限状態の中で、混沌とした思考が俺を支配していた。 「王子! 危ない!」 カイの叫び声に顔を上げると、目の前には大きく腕を振りかぶったヴァルダンが、その巨大な目で俺を見下ろしていた。体中がガクガクと震えて、それが唇にまで及ぶのは時間の問題であった。 歪な言葉達が次々魔法陣の中へと飲み込まれていく。命を吹き込まれたそれは淡く輝き、奴が腕を振り下ろそうとした瞬間、俺は最後の一言をあらん限りの大声で叫んでいた。 術の発動と同時に、中心から周縁に向かって赤く染まる魔法陣。鮮やかな紅の光は一瞬のうちに頂点へと達し、そこに聳え立っていた光の塔は、硝子が割れるような音を立てながら、一気に砕け散ってしまう。 残像を描きながら、光の欠片は魔法陣の中心へと呑み込まれていく。その直後に張り裂けんばかりの轟音が鳴り響いて、足元から湧き上がってきた赤黒い雷は、天に向かって勢いよく放たれていた。 「うわっ!?」 「グギャァァァァァァァ!!!!!!!」 体中を駆け抜けていく衝撃に思わず目を閉じてしまう。大地震でも起こったかのようにぐらりと揺れる地面。バランスを崩した俺の身体は、為す術もなく地面に叩きつけられてしまう。辛うじて残っていた意識を捕らえるように、手元の草を、ギュッと握りしめていた。指が切れようとも、そんな事を厭いもせずに。
どれくらいの時が経っただろう。それは目瞬きをするくらいに短かったかも知れないし、とてつもなく長い間だったのかも知れない。仄かに甘い混乱に包まれていた俺にとって、唯一の現実はこの静けさの中にあった。全てが終わったであろうその先に訪れる静寂。次に感じたのは、生暖かい液体の上に浮かんでいるような感覚。俺はどうしてしまったんだろう? ぼんやりとした意識の中で、そのような事を考えていた。感覚の曖昧な右手を何度か閉じたり開いたりしてみる。どうやら動かす事は出来るらしい。それだけ確認してから、ゆっくりと手を上げてみた。いや、感覚的には上げると言うより持ち運ぶと言った方が正しいかも知れない。 「血か……」 真っ赤に染まった掌を見て、思わず笑いが込み上げてくる。何がおかしいのか自分でも解らない。ただ笑わずにはいられなかったのだ。体中がカタカタと震えて、おかしいのか怖いのかすら解らないでいた。 「王子! 大丈夫ですか!?」 聞き覚えのある声に少しだけホッとしていた。しかし腰が抜けたか、いくら試してみても起きあがる事が出来ない。仕方なしに、じわじわと痛む身体を、少しずつ横に傾けてみた。そこで見たのは、赤黒い血を吐き続けるヴァルダンの死骸。それは、自分がまだ生きているのだと確信した瞬間だった。 「王子! 王子! 大丈夫ですか!!」 カイの姿が視界に飛び込んでくる。俺は強ばった笑みを浮かべながら、ただ一度だけ、ゆっくりと頷いてみせた。 「何とか……な」 同じように強ばっていたカイの顔がゆっくりと緩んでいった。微笑んでいるとまではいかないものの、ホッと安堵したような表情が、その顔には浮かんでいた。 身体の隅々にまで水が染み渡っていくように、喪われた感覚は少しずつあるべき場所へと還っていく。先ほどとは打って変わってどっしりとした身体の重み。たれ込めていたもやが引いて、輪郭を取り戻しつつある思考。そんな中で、唯一頭の中にあったのはアイツの事だけだった。唯一俺を理解し、そして支えてくれるイリアの事だけ。また心配かけたな、瞳の奥底に浮かび上がった彼女に向かってそう呟いた。
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to be continued...
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